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白羽の矢が立ったので  作者: きむらきむこ


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3/5

 3 水神様

 辺りは日が落ちて、月明かりが湖を照らしていた。


 自分の手さえ、はっきりと目に出来ないでいるというのに、月の光を反射した湖は薄っすらと光っていた。


 音もなく、微かな光が私のいる祠の方にやってくるのを、閉じた瞼からも見える柔らかい明かりと、肌の感覚が教えてくれた。


 その気配は、思わず平状してしまった私の側に在った。

畏れと恐れの気持ちを感じさせるソレを、目で見ることなど私には到底出来なかった。


「面を上げよ」直接頭に響いたその声は、確かに水神様であるとしか思えなかった。


 声に抗うことなど考えもつかず、私は自分にできる限り敬う気持ちを込めて顔を上げて、目を開けた。


 目の前には、どう見ても「龍」に見える物体が光の中にいた。私の想像力が貧困なのか、それとも昔からの目撃情報に誤りが無かったのか、分からなかったけれども、小さく存在感の在る龍が、私に話しかけていたのだった。


「私の姿は見るものによって見え方が違うようだから、この村の者たちにはそなたたちの言う『龍』に見えるものが多いようだ」


 水神様は穏やかにお話になった。それから辺りを見回して、威厳のある声で周りに隠れている者たちも来よ、と仰った。


 ガサッという音に、私が振り返ると森の木陰から兄のタロウと、フウタが別方向から出てきた。


 二人は水神様の威圧を受けながらも、やはり逆らうことなど及びもつかないといった様子で、私の近くにやってきて同じように平状した。


「兄さん、フウタまで…」


 二人は私を横目で見たものの、ほとんどの意識を水神様に向けていた。もちろん私もまったく同じなんだけれど、二人が私を心配していた気持ちが分かって、私は胸に火が灯ったように感じた。


「女が心配だったようだな…さすがに一緒に逃げることは叶わなかったようだが…」


 水神様のお言葉に、今度は胸が締め付けられたように痛くなった。このしきたりと言い伝えで出来上がった狭い世界で、贄となった私を連れて逃げようとしていたなんて…


 村八分どころで済むかどうか……

タブーの中のタブーを犯して、この世界で生きていけるはずもないのに。


 逃げていく場所すらどこを目指すべきかもわからない世界で、全てを捨てて私を選ぶなんて…フウタは馬鹿だ…世界一の馬鹿だ…… 



 今日の花嫁見送りの行列でフウタを見てから、私はずっと泣いている。目は腫れて、白粉はすっかり剥げているし…

せっかくエリたちに綺麗にしてもらったのに、歴代の花嫁の中できっとブッチギリに不細工に違いない。


 私の胸の内での独り言を思念として受け取られてしまったのか…水神様は「人の子の美醜など区別はつかん」と仰られた。


 兄とフウタには、全く意味が分からなかっただろう。なのに、私を貶められたと思ったのか、兄とフウタは「ハナは別嬪な(ほう)でございます」等と答えていた。


「〜(ほう)って、なによ!そこは綺麗だって断言するとこでしょう」水神様の前だと言うのに、ついキレキレに突っ込んでしまった。


「我に人の美醜は分からん、ただここで合う花嫁たちは大抵目元を赤くして同じような顔をしておる」


 ソレには合点がいく。帰還してきた花嫁であるおばば様を見てさえ、自分がどうなるのか不安になる空気感に圧倒されるのだ。泣きわめく程度で逃げてないなら、上出来なんじゃないの?と我ながら思う。


 私だって、自分が逃げたら兄がどうなるか、ソレだけを必死に考えてこの場に踏みとどまったのだから。


「花嫁という存在の意味を教えてやろう」水神様は私達に向かって、厳かに告げられた。


 この世界は、水神様が管理する場なのだそうだ。


 数々の神様たちが、いくつかの場を育てる、そうすることで生まれる文化やそれに伴う感情を神様たちが行きていくためのエネルギーとしているのだそうだ。


 つまりは私達の行きているこの世界は、「神様の餌場」で、水神様の管理する養殖場なのだ。


 人間が増えて文化が育つと、物語や歌や絵画が生まれる。その文化に込められる「人間の感情」が管理者たちに好まれる良いエネルギー源となるそうだ。


 かつては人が増えることで起こる争いに伴う感情を、好む神様もいらしたらしいのだが、戦争で人が減る方が「エネルギー源」となる感情が「悲しみ」一色になってしまい、水神様たちには不都合らしい。


 水神様も味わうなら、多種多様な感情のほうが変化があってお好みらしい。


 それを聞かされる私としては、私たち自身が餌でないことに感謝すべきなんだろうと思うけれど、なんとも複雑である。


 それにしても感情の揺れを好むって……


「ここ数日のそなたたちの感情は大変美味であったよ」水神様はそう仰った。


「ここは我が管理する場としては、まだ新しくてな。人間も少ない。もう少し増やしたいのだが、環境を整えてやらないと、人はすぐに数を減らすのだ」


「故に、時折こうやって干渉しているのだが、そなたは既につながっているようだな」と、私に向かって水神様は話かけられた。


「つながっている?」


「そうだ。輪廻の輪の、一度前の記憶がつながっているのだろう?」


「……っ!ええ、ええ、記憶があります」


「本来はこの儀式後で我がつなげるものなのだが、そなたは既につながっている」


「これって、イレギュラーなものなんですか?」


「稀に居るようだが、我とは接点がないのでな。なんとも複雑な味わいを醸しておるくらいしか分からん。我は人間を増やすために、輪廻の理から暮らしやすくなるように記憶を借りてやってるのだ」


「花嫁というのは、その過去の記憶を呼び起こすための呼び水のようなものだ」


「白羽の矢は、その時々でふさわしい花嫁を選ぶのだ」


「それでは、今回私に白羽の矢が立ったのは、村長の指示ではないのですか?」思わず私は声を出して問いかけてしまったが、水神様は怒らずにお言葉を返してくださった。


「誰かの意図が混ざろうとも、結局は相応しいものに矢が立つのだ」


「この村には、私の前世にあったようなものが多いのですが……」


「執着のある記憶ほど思い出しやすいのでな。その辺の文化はこの村に集めた人間の前世の生活に根付いていたのだろう」


「江戸時代辺りに生まれ変わったのかと思うくらいに、肥汲みとかのサイクルが仕上がってると思ってたら……」


 

 どうやら、汲み取りとはいえトイレが設置されていたり、蒸し風呂があったりしたのは、前世を持つ人たちが過去に一定数いて奮闘した結果らしく、私たちは知らず知らずのうちにその方々の恩恵を受けていたのだった。



 

 

 

挿絵(By みてみん)


お酒のシーンをなんとか書けたので、こっそり酒祭りに参加中です。

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