2 花嫁道中
私が思ってたよりも、寄り合いの規模は大きかったらしい。村長の家だけでは収まりきらなかった各地の村の重鎮のお付きたちは、村の空き地にテントを立てた。
水神様の嫁入りの儀式のあとは、各村集ってのお祭りになるので人が多くなるのもまぁ当然と言えば当然よね。
……なんというか、各村も大して人数がいる訳じゃないから、こんな時に交流して新しい血を混ぜなきゃなんないしね。
嫁取りするのは水神様だけじゃないってことね。
日頃から隣家なんてキロ単位で離れて暮らしているので、村の一時的な人出の多さに、私は少しばかり息苦しさを覚えたりしている(座敷牢みたいなところに居たとしても)
今回の寄り合いの中心となるのは、「水神様の花嫁」たる私なので、私とそのたった一人の家族である兄がその場に居ない、ということは有り得ないことだった。ということで私と兄は、朝からきれいに磨かれて一張羅に袖を通して、この場に小さくなって居る。
この一張羅、私達兄妹にもいつか縁を結ぶことがあったら、と思って少しずつ刺繍して用意してたのに。私の嫁入りといえば、嫁入りの話し合いなんだけどね。
村長とその息子のセナ(アミの兄)、うちの村の近隣にある五つの村の長とその後継の十二人に、私と兄を含めた十四人が寄り合いの参加者だと思ったのだが、その場には更にもう二人いた。
「あら、あのザラ紙を市に売りに来てた子よね」年配の女性が私に向ってそう言った。私個人が他の村の人に認識されているとは思いもしなかったので、私はとても驚いた。
「はい そうです。ハナと申します」と言って頭を下げると、今回の花嫁は紙作りのスキルが有るの?と付き添いであるらしい若い女性が私に言った。
「あら、エリ、スキルはよほど近しい人であっても秘密にするべきことでしょ。こんなふうに話して良いことじゃないわ」とエリという人をたしなめるように年配の女性が注意した。
そうなのだ、スキルはかつて「水場」とか「回復」とかを持っていた人が悲惨に使い潰された過去の事例から、夫婦とか家族とかでもない限り秘密にすることになっている。
私が兄のスキルを聞くまで、この世が日本昔話ではなくて、異世界ファンタジーであると気が付かなかったのはそれが理由だった(日本昔話もものすごくファンタジーだと思うけれど、今言いたいのはそういうことではないので分かって欲しい)
かなりお年を召した女性とその世話係らしい孫娘のエリ。
なんと!そのおばば様は前回の「花嫁」様だったそうだ。
それを聞いたときの私の安堵感ったら!てっきり家族の後ろ盾の薄い所為で、生贄かなんかにされて山の湖に沈められると思いこんでたから。
兄と二人で手を取り合って、抜けた腰を労りつつ泣き笑いとなったもんよ。
おばば様が説明されるところによると、五十年に一度の神事なので、所々細部が忘れられて都合良く改ざんされることがあるので、「花嫁」を出した家は出身村の次期村長となることになるらしい。そして、次回の神事を仕切って近隣の村を導くのだそうだ。
「花嫁」が近隣で持ち回りとなるのは、一つの村が力を持ちすぎず、互いを見張るためでもあるらしい。
五十年に一度で村は五つ。二百五十年で一回り。その期間村長の家に変更がなくても上手く回ってるってことは、確かに見張り機能がうまく働いている証拠だろう。
おばば様が、ニヤッと笑いながらうちの村長を見やったのは、私が「花嫁」に選ばれた経緯が私の推測どおりであったという証明だろう。
「そんな、村長が変更になるなんて聞いてない」とうちの村長が怒鳴ってるけど、他の村の長たちがしきたりを書きとめた木簡を見せて宥めている。
「この村にもその木簡はあるはずなのに、その記録はどうしたんだ」おばば様の村の長が問い詰めている。
どうやら長が子どもの頃の火事で、長の家の蔵にも被害が出たことがあったらしい。その辺の記録がないので今回の花嫁選出に、長の意向が忖度されたようだ。
それにしても、必要書類が焼けちゃったんなら、申告して写しを貰えよ、バカ。だから村長の座を失うんだよ。アミに花嫁をやらせてたら、そのまま長を引き継げたのに。
まあ、本来自分たち権力者が好き勝手しないように、他の村の長も集まっての話し合いがなされることになっているのだけれど。その辺の自浄作用のシステムは良く考えてあるよね。
ということで、私の兄が次期村長ということに決まった。長になる為の勉強なんて全くしていないのだけど、それでなんとかなるものなの?と私と兄とで頭をひねることになったけれど、そのへんはおばば様たちに「なってみれば分かる」と言われて話し合いは終わった。
水神様への嫁入り当日、私はおばば様の村で作られたいかにも花嫁衣装的な白い着物を着せられ、花嫁行列の主役としておばば様の孫娘のエリに手を引かれて、山の湖へと送り出された。
おばば様の村は織物と染色が盛んで、それなりによく稼いで豊かなので、近隣では羨ましがられている。この村の若い娘は織物の村になんとかして嫁げないものかと、市の立つ日には必死でめかし込んでるもん。
村の人達が列をなして見送ってくれている。まだ彼らは私が湖に生贄として沈められると信じているので、一様に神妙な顔をしている。
村の外れの見送りの列の一番最後に、フウタがいた。フウタを見た途端、私の目が熱くなった。声は出なかった。エリに差し出した私の手が強く握られた。エリが私に向かって顔を横に振る。
そうだ、私は今花嫁として水神様に嫁ぐ道中にあるのだった。
顔中を涙で汚して、父親であるカゼハヤに羽交い締めにされ、私の進む花嫁道中に着いてきていた。
カゼハヤさんが、フウタが乱入したりしないように止めながらも、私達を追いかけるのは致し方ないと思っているかのように、ゆっくりと着いてきていた。
「ハナー」フウタの涙声が、森に入る私達の後ろに響き渡った。ここからは水神様への嫁入りの儀式だ。
暗い森の中を抜けると、静謐、としかいいようのない湖が広がっていた。
そのほとりには小さな祠があり、今日の儀式のために祠の横には花嫁である私が一晩過ごすための簡易な屋根と、湖の方向に開きのあるコの字型の囲いが用意されている。
褥があったところで、今晩は眠ることなど出来やしないだろう。これからの水神様との邂逅を考えただけで、私は緊張のあまり軽い吐き気がしてきた。
フウタは、おじさんたちとともに無事に家に帰っただろうか? 私はこの一晩が開けたら、無事に帰宅できるということを彼に伝えたくて仕方なかった。
せめて兄が、それをフウタに告げてくれることを祈っていた。水神様の花嫁、となった私を彼が待っていてくれるかどうか、分からなかったけれど。
付き添いであったエリは、私が用意されていた分厚い座布団に座りこんだのを確認して、私の裾や髪の乱れを整えると村に向かって帰って行った。
座布団の脇には赤い丸盆が置いてあり、その上には水差しとお酒の瓶に、普段目にしたことのない高価であろうガラスのコップが二つあった。
水筒なんて私たちが使うのは、ヒョウタンだもんね。湯呑みだって木材くり抜いたやつだし……
丸っきりテレビで見たような時代劇の初夜の風情に、私はすっかり怖気づいていた。逃げ出したい気持ちと心細さに震えつつも、この一晩さえ乗り切ったら……と必死で立ち上がって走り出しそうな足を抑えていた。