第85話。シルヴィア2「過ちて改めざる是を過ちと謂う」過ちは誰でも犯すのです。その後が大事なのです。
私はその日のうちに、魔王アバンに、魔王軍を辞めたいという事を伝えに行った。黙って出て行ってもよかったけど――彼はその当時の私にとっては、まがいなりにも私を必要としてくれ、居場所を与え、心の支えになってくれた恩人でもあった――。だから、出来ることなら、わだかまりなく別れたいという思いがあった。
「ふざけるな!」
私が魔王軍を辞めたいという事を伝えると、彼は私に激怒した。今まで、彼が私のすることに反対したり怒鳴ったりするようなことは一度もなかったから、この時の私は、まさか反対されるとは思ってなくて、とても驚いた記憶がある。
「誰がお前を拾ってやったと思っている!」――アバン
そのことに関しては、私は本当に恩を感じていた。普通ならば、私は彼と会ったあの日に殺されていても何も不思議ではなかったから。
「ぅ……、けどもう……、つらくて……」
もう既に心の折れてしまっている私に、追い打ちのようにやってきた、予想外の魔王アバンの怒声に気圧された私は、震えながらその言葉をつむいだ。しかしそんな私の態度は、彼の怒りに油を注ぐ行為だったようだ。
「辛いだ!? 何が不満だっつんだ!? あぁ!!?? ふざっけんなよ!! ほんとお前はムカつく野郎だな!!」
次々とやってくる彼の怒声が、次第に勢いを増していった。それはとどまるところを知らず、とうとう暴力まで振るってきた。彼に罵声を浴びせられ殴り飛ばされた私は、どうしていいのかわからず頭を抱えてうずくまり、それに続く彼の怒声と暴力に耐えながら、とにかくただ時が経つのを祈った。
「黙ってないで何か言えや!! この恩知らずが!! それにな、お前が序列Ⅰ位っつんで、今まで『散々』好き勝手やってきたお前に、こっちは『ずーっと』目を瞑ってきてやったんだぞ!! それが、いまさら辞めたいだとか何言ってやがる! このくそ女が!!」
そう怒声を浴びせながら、彼はうずくまる私を蹴り上げた。私の白髪を掴み引っ張り上げて、何度も何度も蹴り上げ殴りつけた。そして床に転がし、ボロ雑巾のように、また何度も何度も私を蹴り続けた。
「うっ……、ひ、人がかなしむの……、うぅっ、もうみたくなくて……、あぅっ、そ、それに……、さみしくて……」
おそらく会話にはなっていなかったと思う。とにかく私は、どうにかして彼の怒りを抑えようと、もう折れてる心に鞭打って、とにかくなんでもいいから何か言葉を発した。
「――はぁああ!!?? いまさら何いってやがる! お前は人の味方にでもなるつもりか!!? それに寂しいだ!? ふざけんのも大概にしろよ!! さかってんじゃねーぞ、このどぶ女が!! ――あぁ、でもいいぞ、なに、そんなに寂しいってんなら俺が相手してやるよ!」
そう言って彼は私に暴力を振るのをやめた。かわりに彼は乱暴に私の手を取った。
「えっ……」
うずくまり耳を塞いでいたため、彼が何を言っていたのか理解してなかった私は、急に彼に手を掴まれた理由を図りかねていた。拷問されるのか? 殺されてしまうのか? そんな考えが頭をよぎっていた。そうして、彼に引きずられてやって来た場所は……。
――ベット――
そこにあったのは、さび付いた血まみれの拷問器具でも断頭台なんかでもなくて、ふかふかのとても綺麗なベットだった。彼が何をするつもりなのか、私はこの時に理解した。
「ほら! そのに寝転がれ!」
「ぇ、ぃ、いや!」
嫌だった。もう犯されるのは、散々だった。だから私は必死で声を張り上げて、彼に否定の意を示した。
「はあああ!? お前はこの俺様が直々に相手をしてやるというのに、それを断ると言うのか!!?」
「ぃや……」
もう今までに散々犯されてきた私なんだから、今更一人くらいと思う人もいるかもしれない。けれど、あの痛みを、苦しみを、もう一度味わってもいいと思える私はこの時にはいなかった。
「――ふざけるな!!」 バァン!
そう言って彼は私の顔を殴った。そして私がふらついて床に手をつくころには、直ぐにもう一発、さらにもう一発、もう一発、何度も何度も、私を殴った。
バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!
「この俺を馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!! このクソ女が!!」
そうして私がもう身動き一つ取れなくなり、息も絶え絶えになった頃、私は乱暴にベットに放り込まれて、私はそのまま彼に犯された。
苦痛、ただただ苦痛だった。早く終わって欲しい、その一心だった。そんな私を見る彼の目はとても満足そうだった。
そんな目を見て私は思った――私と同じ目――。それは、今まで私が沢山の人に向けてきた、優越感の目だった。今まで私も、こんな目を沢山の人に向けていたのかと思うと、言葉がでなかった――私は今でも、こんな目を周りに向けていないかと不安になることもある――。
そして、私が今まで信じてきた、少なからずの好意を持っていた魔王である彼からも、私にはこういった目しか向けられないのだと思うと、悲しかった。彼から、こういった目を向けられるのが、その時は辛かった。
。。。。。。
一通りセックスが終わると、アバンは「とにかく考え直せ」――と小声で吐き捨てて部屋を出て行った――この時の彼のとてもしおらしい対応に、当時の私はあっけに取られたけど、もしかしてあれが、くろすけから聞いた賢者モードというやつなのかなと今なら思う――。
そうして、身も心もボロボロになった私は、一人部屋に取り残された。私はしばらくの間、身動き一つ取らずに、股下に感じるじんわりとした不快感を堪能していた。何もする気なんて起きなかった。ただ空虚な天井が目に映っていただけだった。
なんだか、とても汚れた気分だった――もうとっくに汚れていただろうに、不思議だと思う――。涙なんて出なかった。長かった、とても長かった苦痛が、ようやく終わってくれたことに対する安堵だけが、その時にはあった。
その後しばらくしてから、私は逃げた。窓から飛び降りて、すれ違う奴らのことなんて目にも触れないで、一心不乱に逃げた。誰かが私を呼び止める罵声も聞こえた気がしたが、気にも留めなかった。この時の私の頭の中にあったのは、とにかくここから早くいなくなりたいという事だけだった。
とにかく逃げた。追ってもいたと思う。けれど、もう夜のとばりがとっくに下りていたのも幸いか、私は難なくそれを振り切ることに成功した。逃げて、逃げて、そうして逃げ切って岩陰で一息ついた私は、魔法を使って自分の腹を焼いた。
万が一にも、また子を身籠るかもと頭によぎった瞬間には、私は無意識に腹を焼いていた。後先なんて何も考えてない。考えることなんてできなかった。死んでもいい、むしろ死にたいと思った。死にたい、死にたい――けれどそれは叶わなかった。
お腹に広がる、そのあまりの苦痛に、私は腹を焼いていた手を離してしまった。魔族の体は回復が早い。私が今しがたつけた腹の傷も、ゆっくりだけど塞がっていった。
悔しかった――痛みに負けて死ぬことから逃げてしまったことが悔しかった。
不快だった――徐々に塞がる自分の傷を見て、安堵してる自分が不快だった。
絶望した――こんなになっても、自分が死ねないことに絶望した。
驚いた――こんなになってまでも、自分が生きようとしていることに驚いた。
「私は……なんで、生きるの……」
それから私は、また彷徨った。森を山を地を彷徨った。たまに出会う人からは、問答無用で攻撃された。剣を向けられ、魔法が飛んできて、弓が脇腹に刺さった。痛かった――話くらい聞けばいいのにと今なら思うけど、魔王が蔓延ってる時代で、私みたいな怪しい白髪の魔族が居れば、討伐の対象にされても仕方ないとは思う。それだけの事もしてきたし……。
今までなら迷わずやり返していただろうけど、この時の私はそうする気は起きなかった。刃向かってくる奴はやられる前にやる――それは正当防衛だから許される――と思ってきたけど、この時の私はそう思えずに、むしろ、今までに私がそうしてみんなを傷つけてきたという事実が、ただただ辛くて、辛くて、辛かった――今でも辛い……。
気づけば私は、「ごめんなさい……」――と、そう何度も呟くようになった。
「ごめんなさい……」
――ごめんなさい――




