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私は、歯止めの効かなくなっている永井の言動から確信した事、それを確かめるために、机の上のグラスを物色していた。
彼は確か、ピーチジュースらしきものを飲んでいたはず……あった。
永井の飲んでいたジュース、まだグラスの三分の一ほど残っている。
それに何だろう……色がおかしい気がする。
上の方は淡いピンク色なのだが、底の方がオレンジがかった赤色に染まっている。
「失礼します! お飲み物をお持ちしました! 」
不思議に思っていると、ドアを開けた店員が、何杯か注文したジュースを持ってきた。
店員はこのカオスな状況に、一瞬戸惑った素振りを見せたが、そこは流石の接客意識、すぐにグラスを机に置いて、「ごゆっくりどうぞ〜」と言って退室していった。あ、あの…何かごめんなさい……。
「……なるほど、僕の素晴らしい唄に心惹かれた、というわけか…ふむ、頂こう」
間の抜けた声を発しながら、真っ先にグラスを手に取る永井。中に入っていたのは、恐らくこれと全く同じものだ。
慌ててグラスに鼻を寄せてみる。すると、頭がくらくらするような甘ったるい香りが、鼻を刺激した。
この匂いは知っている……よく夜遅くに、母さんがリビングで飲んでいるのを見かける。
……グラスに入ってたそれは、ピーチカクテルだった。
という事は、やはりコイツはこのカクテルを飲んでしまって、見事に酔っ払って今に至る、という事か。
確かにピーチジュースとか、あまり見ないって印象だからなぁ。どうりで珍しいと思った。
でも、何故ピーチカクテルがここに…? 店員が間違えて持ってきてしまったのか?
いや、今更そんな事を言っても仕方ない。
永井がこれ以上酔っ払って、被害を拡大させるのを防がなくては。
私はパッと永井に向き直る。
「永井君ちょっと待って、そのジュース何か色おかしくなーーー」
声を上げた時すでに遅し、永井はとっくにカクテルを一気に飲み干していた。
「……んぁ⁇ 」
とろんとした目に、林檎みたいに真っ赤に染まっている頰、さっきより間の抜けた声…完全に"出来上がって"しまっていた。
「……えっと、そのピーチジュース? ちょっと変な味しなかった? 」
酔っ払いがまともに応えられるはずはない、そんな風に感じながらもダメ元で尋ねてみる。が、案の定、私の問いには応えなかった。
ぷいっとそっぽを向かれ、再び高らかに叫ぶ。
「覚えておけぇ愚民どもぉ! この腐りに腐った世界は、この僕が変えてやるのだぁ‼︎ 果てしなく続く銀河ごとなぁ‼︎ ッハーハハハハハ‼︎ 」
いよいよ訳の分からない事になってきた。酔っ払ってもこういった厨二的なとこは変わらないのな。
側にいた人たちは、自分たちが怒り狂っていた事もすっかり忘れ、突如おかしな事を語り始めた永井に
絶賛ドン引き中だ。
そして、フラフラと不安定な足取りで、何故か私の方に向かってきた。
そのまま私の手首を力強くグッと握ると、
「いひか貴様らァ、ここから先は僕と水園のもんらいら、もひ口を出ひた奴は……どうなっへひまうのか……恐怖に怯へて眠るがよひぃ……」
くらくらしながら、謎の宣言をした。
最早完全に呂律が回ってない。酔っ払いより酔っ払いしてるよ。
周りの皆が「言われなくとも口出さねーよ」と言わんばかりに呆れ返って、その様子を眺めていた。
「さへ…けっほうを再開ひようか……」
呂律の回らないまま言われた途端、腕がグッと引っ張られた。
「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと‼︎ 」
永井が室内から出ようとドアに向かったのだ。
私は混乱しながらも、席からバッグを手に取り、財布から私と永井の2人分の料金を、目を丸くしている冬架に渡した。
「ごめん冬架さん、これ払っといて」
「えっ、あ……うん、分かったけど…マナちゃんもう帰っちゃうの? 」
「うん、何かそんな流れっぽいし…あとは皆で楽しんでくれれば」
元々、隙を見て途中で帰るつもりだったし、引っ張られる事に対して抵抗はしなかった。
皆が唖然として私たちを見守る中「ばいばーい! 」と空気の読めない明るい挨拶が一つ聞こえた。
私はそれも無視して、ふらつく永井に付き添うようにして、カラオケ店を後にした。
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「に〜ひか〜らの〜ぼっ〜た おひはまが〜」
「ちょっ…永井君! ここもうカラオケ店じゃないよ!
ほら、皆こっち見てるし! 」
通行人に白い目で見られながら、相変わらず酔いが醒めない永井に肩を貸す。
「あーもう……何で私がこんな…」
何気なく腕時計を見てみると、針は8時40分を指していた。
もうこんな時間なのか……まぁ2時間コースだったしこんなもんかな。
「あっほら、あそこベンチあるから! 一旦休もう! 」
タイミングよく見つけた木のベンチを指差し、何とか永井を誘導する。
意外とすんなり従ってくれて、無事ベンチに腰掛ける事に成功。休むだけでこんなに苦労する事って普通あるか? 思い切り損してる気分なんですが。
しばらくの間、特に会話を交わす事も無かったが、
「水園……」
最低限、呂律は回るようになったらしい永井が、
消え入りそうな声で私を呼ぶ。
返事はせずに、項垂れている彼の横顔を見る。
コイツって、黙ってればそこそこカッコいいと思うんだけどなぁ。性格とか言動で損しまくってるよね。
……タイプかと言われると、そんな事はないけど。
そんな事を考えていると、次の瞬間、
「マズイ、出そう」
何の前触れもなく、永井が口元を押さえて言う。
顔面が急激にサーッと青ざめた。
この状況で出るといったら…十中十アレだろう。
「ああああああ‼︎ ちょっとここで出さないでよ⁉︎ すぐ近くにトイレあったはずだから、そこで‼︎ 」
「無理、出る、終わった」
「ちょっとくらい我慢して‼︎ ほらまだ間に合う‼︎ 」
慌ててトイレの方に引っ張っていった。
勢いに圧迫されてか、道行く買い物客が次々と飛ぶように避けていく。
こんなに大声出したの、いつ以来だろうか……。
周囲の人々にヒソヒソと噂され、腫れ物を見るかのような目を向けられながら、私たちは一番近くにあったトイレに駆け込んだ。




