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彼女は百合  作者: 小野寺 大河
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九話

 絶望の淵に佇み、悄然とする俺だったが、本分を忘れてはいけない。

 静森さんを振り向かせるための妙案が啓示されたのは、ある日の夜だった。 

 夕食後、リビングのソファーには小冬、そしてその傍らにはライオンのようなウサギのようなぬいぐるみが、所在無げに座っていた。

 無関心の象徴のような小冬が、唯一気に入っているアイテムである。

 俺はそいつの隣に腰掛けて、何の気なしに、

「なぁ、女の子が好きな女の子を振り向かせるにはどうしたらいい?」

 と零すと、驚くなかれ、何と返事があったのだ。

 そいつはこう答えた。

「その娘に男らしさを見せればよかろう。さすれば自ずと、汝のことを好くであろう」

 目から鱗が落ちた。

 俺はそいつを抱き上げ、

「そうか! その手があったか!」

 と助言を賞賛した。

 今にして思えば、なぜこんな簡単なことに気がつかなかったのだろうと自責する。

 それきり喋らなくなったそいつの声色が、小冬の声を少し高くしたような感じだったのは、気のせいだろう。

 それからというもの、俺は彼の人に頭が上がらない。

 お姿をお見かけすると、その都度一礼を忘れないようにしている。

 そんな折に、静森さんからラインが届いた。

 前回会ったときに、交換しておいたのだ。

 愛子とも何とか交換できたらしい。

 緊張しすぎて、よく覚えてないそうだ。

 しかしながら、肝心のラインをする勇気が出ないと言っていた。

 挙句、「こうなったら鳩を捕まえて……」とか言い出す始末。

 伝書鳩? 十中八九どっか遊びに行っちゃうよ!

 ――というわけで、ラインで指定してある通り、昼休み、自習室で待つことになった。

 手近な椅子に身を預けると、間もなくドアが、物凄い音を立てて開いた。

 飛び込んできた人影は、一目散にこちらに突進してくる。

「き、聞いてください! ととととんでもない美人で愛らしい女性を見つけてしまったんです!」

 バンッと、四人掛けの机に両手をつき、呼吸を乱す俺の待ち人。

 走ってきたから、息切れしてるだけだよね?

 静森さんの報告に、さらに熱が入る。

「日本史の先生なんですけど、あどけなくもこ惑的なお顔、そしてスーツの胸部を魅惑的に演出する女性の象徴! 見る人によっては可愛い、あるいは綺麗、あるいは可愛いくて綺麗といった感じで――要するにとても凄いんです!」

 そこまで聞いて、俺はようやく彼女が言ってるのが、あの悪魔だと分かった。

 第一印象が俺と全く同じなのは、感性が近いんだと肯定的にとろう。

 俺は健全な男子高校生で、静森さんは女子高校生なのにな。

 それ以上を考えることをやめ、

「相談って何かな? ラインには書いてなかったよね。もしかして、可愛い女の子を見つけたから、協力してほしいとかじゃないよね?」

 静森さんは襟を正し、

「それは違います! 私の心の中にいるのは、愛子ちゃんただ一人です!」

 なぜそこにいるのが俺じゃないんだ!

「……そっか。じゃあ何の相談?」

 ただただ引きつり笑いの俺に、静森さんは前の席に腰掛けてから、「その、……今回はですね」と前置きして切り出す。

「あの、私、どうしても………………あ、でも、やっぱりこれは…………」

 言いかけて、逡巡する。

 何だろう、頼みにくいことなのか。

 何であれ、極力静森さんの願いは叶えたい。  

「静森さん、俺はどんなことでも協力するよ。遠慮せずに言ってみて」

 献身的に告げると、ぱぁっと少女の笑顔が咲き乱れた。

「はい! 実は私、愛子ちゃんの生着替えを激写したいんです!」

 俺は思った。

 こいつマジ何言ってんだよ。

 とりあえず訳を聞いておこう。

 もしかしたら、何か重大な理由があるのかも知れない。

「何でなのかな? 何か国家機密的な事情があるとか?」

「愛子ちゃんの生着替えの写真が、どうしても欲しいからです!」

 無かった。

 実に清々しい理由。

 単に愛子のちょっとエッチな写真が欲しいだけらしい。

「でも静森さんって、陸上部のマネージャーなんだよね? 着替えなんて見放題、撮り放題なんじゃないの?」

 女の子同士だし、チャンスなんかいくらでもありそうだが。

 静森さんは悔しそうに、愛くるしい顔を歪める。

「それはそうなんですが、……私、愛子ちゃんの着替えの度に、その、は、鼻血を出してしまうんです。それに視界もぼやけてしまうし、常に気を張ってないと意識が飛びそうになるんです。それでも、絶対愛子ちゃんの生着替えの写真が欲しいと思ってチャンスを窺うんですけど、いざシャッターを切ろうとすると目眩がして、手も震えてしまって全然良い写真が撮れないんです……!」

 一大事という風に、事情を説明した。

 鼻血を流して、小刻みに震えながら、カメラを構える静森さんを頭に浮かべる。

 ……どうフォローしたらいい?

「撮影って、愛子に直接頼んでるの?」

 静森さんは、攻撃性のない瞳に力を入れ、

「着替えの写真撮らせてなんて言ったら、変態だって思われてしまうじゃないですか!」

 彼女にも常識的な部分が、まだ残っているらしい。

 これは喜ぶべきことだ。

 しかし、その撮影を本人以外に頼むのには、抵抗がないのか?

「更衣室内には身を隠す場所がないので、窓の外からシャッターチャンスを待つんですけど、先程言った理由から上手く撮影できないし、カメラを持ってうろうろしていると、警備員の方に呼び止められてしまうんです。もう顔を覚えられてしまっているみたいで」

 当たり前だと、ツッコみたい。

 シルエットだけ見たら、完全に変質者じゃないか。

 静森さんは肩を落として、嘆きを続ける。

「愛子ちゃん、帰りは体操服のまま帰っちゃうから、クラブが始まる前しかチャンスがありませんし、クラスが違うので体育の授業も一緒になりません」

「それで俺に、代わりに着替えを撮ってほしいと?」

 静森さんは、か弱く頷いた。

 夏人よ、これはさすがにダメだろう。

 いくら好きな子からのお願いだって、女子更衣室の生着替えを隠し撮り、それも幼馴染の下着姿を、だなんて考えられない。

 常軌を逸している。

 女神的な美しさを誇る静森さんを除いて、そんなことをするヤツは下衆の極みだ。

 うん、断ろう。

 英断して、静森さんを見据える。

 不安に震える唇。

 すがるような上目遣い。

 存在を誇示するバスト様。

 俺は高らかに言う。

「全て俺に任せてくれ!」

 俺は下衆の極みだ。

「ありがとうございます! 左塔くんなら、絶対に引き受けてくれると思っていました!」

 どういうことだ!

 静森さんは俺を、女の子の生着替えの隠し撮りを頼めば、必ず引き受ける人間だと思っているということか!

 静森さんは俺の両手を取り、

「ありがとうございます」

 とぶんぶん上下させて喜んでいる。

 俺は詰問することは考えず、こちらの用件を済ませることにする。

 静森さんの滑らかな指の感触をギリギリまで堪能して、手が離れるのを待った。

 それから、隣の椅子に鞄と一緒に置いていた紙袋を、静森さんの前にすっと置く。

「これは何ですか?」

 目を丸くして、袋の中を覗き込む静森さん。

「観てもらえれば分かるよ。いろいろと。時間がある時でいいから」

 釈然としないと思いつつも、了解してくれたようで、紙袋――俺の秘策を胸に抱え込む。

「分かりました。帰ってから早速観てみますね」

 柔らかく微笑んだ静森さんを見て、俺は机の下で小さくガッツポーズをする。

 そこでちょうど、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 五限目の予鈴でもあるそれを聞いて、俺たちは自習室を出る。

 それぞれの教室への岐路で別れた後、俺は静森さんの願い事について少考した。

「協力を仰ぐ必要があるな」

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