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彼女は百合  作者: 小野寺 大河
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十四話

 対愛子専用生着替え激写班の反省会も、終わりを迎えていた。

 野球部の練習試合でグラウンドが使えない陸上部は、本日は休みらしく、静森さんと俺は自習室の机に向かい合って座っている。

 唯夜は何かのゲームの発売日だとかで欠席だ。

 二人の男子高校生を犠牲にして、対象が着替えをしなければならない状況を作り上げたものの、結局撮影役の静森さんが、被写体の体操服が水で透けるのを見て、俺が倒れ込んだすぐ後に気絶してしまったらしい。

 後から分かったことだが、あの日保健室のベッドを俺たち三人で占拠していたそうだ。

 当然、写真なんか撮れているはずがない。

 我々の成果はブレブレの愛子の脚と思しき画像一枚だけ。

 今の静森さんのスマホの待ち受けだ。知りたくなかったが。

 作戦が失敗に終わって落胆する静森さんには、救済処置として入学式に撮った、俺と愛子が並んで写っている写真を提供した。

 静森さんはそれを我が子のように抱き締め、お礼を述べていた。

 値の張る額に入れて、自室の目立つ位置に飾っているらしい。知りたくなかったが。

 俺も一緒に写っているのだが、きっと静森さんの目には映っていないだろう。

 それにあのときの俺は、「愛子ちゃんに一目惚れをしてしまいました」発言に消沈していて、渡す前に写真を見返したが、その身体に生が宿っているとは到底思えなかった。

 反省会の最中、俺はと言うと、実は別口の件を考えることに忙殺されていた。

 保健室での一件についてだ。

 あの後、「鍵くらいは俺が返す」と返却を請合った。

 職員室に行くと、残っているのは白姫先生だけだった。

 残ってくれていたという方が、正しいのだろう。

 俺と愛子の担任である先生が、鍵の返却のために帰らず待機してくれていたのだ。

 先生は渋面を作って座していた。

 俺は一礼してから入室し、先生の席で立ち止まった。

「……すいませんでした」

「チッ。……テメェはホントに救いようがねェな」

 俺は丁重に鍵を渡し、再度頭を下げた。

 身を翻し、退室しようとすると、「オイ」と呼び止められる。

「灯下な、涙目で私のとこに来たんだ。『夏人を保健室に運びたい』ってよ。深い事情は知らねェが、……あんまりあいつを心配させんじゃねェ。可愛そうだろ」

 俺はどれだけ愛子を困らせたのだろう。

 今も目を閉じると、愛子の仕草や声や言葉が鮮明に思い出され、その度にチクリと胸が痛んだ。

 どこか不安そうな、はたまた全てを包み込むような穏やかな微笑み。

 どちらも初めて会った女の子かと錯角してしまうほど、馴染みのないものだった。

 あれから、何となく愛子の姿を目で追ってしまう。

 朝練があるからと、今は一緒に登校していない。

 帰りももちろん別々。

 一緒の空間にいるのは教室にいる時だけ。

 愛子は友達と笑い合ったり、机を囲んで昼ご飯を食べていたり、白姫先生の授業中指名されて教科書を読んだり、掃除をサボる男子を注意していたりと、相変わらずなのだが、俺がその姿を眺める機会が意図せず増えているのだ。

 たまにふと目が合ってしまって、愛子が無邪気に微笑んで小さく手を振ってくると、俺の顔はトマトみたいに真っ赤になり、平静を装って軽く手を上げるが、高鳴る胸の鼓動は抑えられない。

 さっきだってそうだ。

 愛子に「クラブ休みだから一緒に帰ろう」と言われた俺は、「用事があるから!」と早口で断り、逃げるようにその場から離れた。

 実際、この反省会があったのだが、無くても同じリアクションになっていた気がする。 

 おかしい。おかしすぎる。俺が好きなのは静森さんなんだ!

 今だってこうして二人でいるとやっぱり楽しいし、ドキドキもするし、もっと仲良くなりたいと思うんだ。

「反省会は終わりにしようか。良かったら、この後寄り道して帰らない?」

 静森さんは突然襟を正し、

「左塔くんにお話があるんです」

 と俺を見つめる。

 まさか「やっぱり生着替えの写真が欲しい」とか、それよりもっと凄いことを言い出すんじゃないだろうな。

 愛子が嫌がることは絶対断ろうと決意して、俺は身体に活を入れて身構える。

「いきなりですけど、左塔くん、私デートしたいんです!」

 ………………………………え。

「マ、マジで――」

 言いかけて言葉を飲み込んだ。

 俺に話がある。デートしたい。

 言葉通り受け取るなら、本来小躍りでもしたくなるところだが、俺は浮きかけた腰をすぐに椅子に沈める。

 これまでの付き合いで、少なからず学習したのだ。

 分かっている。どうせ愛子と、でしょ。

 どうせ、俺の糠喜びに終わるに決まっている。

 はっきりとしたリアクションをしない俺に、静森さんは少し困ったように眉を寄せる。

「聞こえました? 私、デートをしたいんですけど」

 デートね、デート。

 意識し合う二人が、一緒に外出する例のアレね。

「左塔くんと」

 俺は耳を疑った。今、何て言った?

 幻聴じゃないなら、静森さんが俺とデートしたいと頼んでいるように受け取れたが。

 俺は今度こそ身を前に乗り出し、静森さんを見つめる。

「誰が誰とデートしたいって言ったの!?」

 静森さんはビクッと仰け反るが、おっとりした瞳に力を溜め、

「ですから、私が左塔くんとデートをしたいんです!」

 驚天動地。

 やっと、やっとこの日が来たのか!

 俺の胸中では「ついに夢が叶いましたやん祭り」が盛大に開催されていた。

 ええじゃないか、ええじゃないか、狂乱の宴。

 ついに念願が叶った!

 狂喜し、感動に身を委ねる俺に、静森さんは遠慮がちな上目遣いで尋ねる。

「…………左塔くん。私とデートをするのは嫌ですか?」

「そそそそそそんなわけないよ! 良いに決まってる! 針山だろうが血の海だろうが熱湯の釜だろうが、どこへだって行くよ!」

 静森さんとデート、から連想されるものが地獄絵図なのは、今までさんざんそこへ突き落とされたからだろう。

 だけど、気にしない。

 これから天国に書き換えればいいだけだ。

 何と言っても、目の前には俺だけの女神様がいるのだから!

 人生の絶頂を迎えた俺の前で、静森さんも安堵の溜め息をついた。

 それはそうだ。

 すれ違っていた二人の想いが、今ようやく通じ合ったんだから。

「ふぅ、良かったです。愛子ちゃんとのデートの予行練習を引き受けてもらえて」

「…………………………………………………………………………ゑ?」 

 俺は耳を疑った。

 今、何て言った?

 幻聴じゃないなら、静森さんが俺をデートに誘ったのは、愛子とのマジデートのための練習をしたいと考えているから、だというように受け取れたが。

 静森さんはそっと自分の頬に手をあて、恥じらいに身体をよじる。

「私、勇気を出して、今度愛子ちゃんをデートに誘おうと思いまして……ぽっ」

 俺はまさに天国から地獄へブチ落とされた。

 ナンダこれは? 新手のプレイなのか? わざとじゃないだろうな?

 静森さんは、形が見えそうな大きく重い溜め息を吐く。

「せっかく同じクラブに入っても、私に勇気が無いばかりにお話もできなくて……。でも最近までは陸上に打ち込む愛子ちゃんを見るだけで、それを支えられるだけで幸せだと思っていたんです。そう思うようにしていたんです。だけど、やっぱりそれだけじゃ満足できないんです! このあいだの左塔くんと二郷くんの頑張りを見て、こんなことじゃダメだ、自分から動かなきゃって思ったんです! 本当は左塔くんに予行練習をお願いするのも気が引けたんですけど、私、デートとかしたことなくて、でも、他に頼れる人もいないから、…………引き受けてくれて本当に嬉しいです」

 静森さんは愛子との仲が進展しないこと、そして自分の不甲斐なさを自嘲し、自らを咎めたらしい。

 俺から見ても、静森さんの愛子への想いは空転していると思う。

 俺としては、見切り発車ではあったが、デートの誘いを了承して良かった。

 予行練習だろうが、その後に俺以外との本番があろうが、目の前で愛子とのあられもない妄想が滔々と語られていようが、静森さんとデートができる機会があるというなら喜んで引き受けよう。

 それで男と過ごすのは楽しいと思ってもらえばいいだけだ。

 出会ってからここまで、後手に回ってしまっていた。

 俺は空回りすらしていなかったのかも知れない。

 このデートで、静森さんとの関係を前進させるんだ!

「あの、もう一ついいですか?」

 静森さんは人差し指を立てて、俺の様子を窺ってから、

「愛子ちゃんとのデートの最後に、プレゼントを渡そうと思っているんですけど、何を用意すれば喜んでもらえるか分からなくて。予行練習にも付き合ってもらって本当に申し訳ないんですけど、愛子ちゃんの欲しいものを聞いて、こっそり教えてもらえませんか?」

 別れ際のプレゼント作戦――デートの定石だ。

 静森さんはこのデートで、本気で愛子との距離を一足飛びで縮めるつもりなんだ。

「やっぱり、迷惑ですよね?」

 不安と申し訳なさに潤む瞳が、じっと俺を見つめている。

「静森さんを応援するって言っただろ。プレゼンのこと、聞いておくよ」

 そう返すと、静森さんは安寧の笑顔を浮かべ、「お願いします」と律儀に頭を下げた。

 それから、二人で寄り道しながら一緒に帰った。

 俺はその帰り道、来るデートで必ず隣を歩く少女を振り向かせて見せると、心に強く誓った。

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