14.そのままの君が好きだから
「お初にお目にかかります。予定通り、アンドロイドの点検に参りました。お時間はよろしいですかな?」
「え、ああ、はい」
玄関を開けたら紳士が立っていた。スーツ姿の初老の男性。すらっとした体型で背が高い。
驚いたのは顔に縦一文字の傷跡があること。極道さんだろうか。ドスとか忍ばせてたりして。
「あー、海さんに伝え忘れてましたねえ。わたしの点検は今日なんですよ」
「いや今言うのかよ。だいぶ遅えよ」
通りで初耳なわけだ。それならいいかと紳士を部屋に案内する。
居間に正座するイヴ。机にアタッシュケースを置く紳士。ケースの中はパソコンみたいになってた。
「なあイヴ、点検ってのは何をするんだ」
「故障があるかどうかの検査です。人間でいう健康診断ですね」
「安全なのか?」
「あれっ? まさかぁもしかして、心配してくれてるんですか?」
「だ、誰がするかよ。長引いたら大変だと思っただけだ」
「ひゅー」
ごまかす。下手な口笛を吹くイヴの後頭部に、ケースから伸びるコードが繋がれていく。
「ところで、今の暮らしはいかがですかな?」
「ぼちぼちですねえ。海さんみたいな人もいて、世の中捨てたものじゃないって思えました」
「うむ、良きことですな」
(普通に俺のこと褒めてくれるんだよな)
手を動かしながら会話を進めていく紳士。どうやらイヴと紳士は知り合いの仲らしかった。
やがて作業が止まる。準備が整ったようで。
「さて、それでは少しばかり接続を切りますぞ」
「ばっちこいです」
ばちん、とスイッチが落ちるような音。イヴの動きが止まった。うつむき瞳は開かれたまま。
「イヴ?」
イヴのひたいを指でつついてみる。反応する気配なし。休憩中の糸操り人形を思わせた。
「驚きましたかな? 感電対策のようなものです。けっこう痛いもので」
「なるほど……」
ケース内蔵のキーボードを操作しながら紳士が話す。たしかにビリっと来るのは避けたい。
いい機会なのでイヴを観察する。肌も白いし細工品みたい。物言わぬ姿は妙にかわいく見えた。
(はっ、いかんだめだ!)
ぶんぶんと首をふる。乱入すんな雑念。検査の邪魔はよそう。しばし機械の操作が続いた。
「どうですか? 俺は正直、イヴはおかしいと思うんです。やたら言動が直球すぎるし」
接続切れをいいことに好き勝手言う。もちろん冗談のつもりだった。
「ふむ。ではもし、本当に故障箇所があるとしたらどういたしますか?」
「え」
裏側を匂わせる言葉。まさか、どこかに不安要素があるのだろうか。
「実は彼女には、初期プログラムのミスがあるのです。いささか正直すぎる節があるようで」
「と、いうと」
「やたら言動が直球すぎる、となりますかな」
「……あー、はい」
紳士と俺の意見が合致する。変なアンドロイドだと思ってたけど、ようやく納得できた。
「もしもご負担になる場合は、プログラムの消去という選択もあります。どうされますか?」
「え……待って下さい、それって」
真剣な様子で話す紳士。プログラムの消滅。それを決めてしまったら。
「イヴの存在が死ぬ、ということですか」
「新しい人格をインストールいたします。全ての記憶を失いますが、今よりもおしとやかで、つつましやかな少女に」
「でも、そうなったら、俺の知ってるイヴは」
イヴは、俺を困らせなきゃいけない。思うままに行動してほしい。そこから安らぎをもらえることもあるから。
「……どうしますか?」
「……いや、いいです。イヴと約束しました。ゆっくり内面を知るからって。知らないことが、まだまだありますから」
マイペースな行動に振り回されるとしても、俺は今のイヴが好きだ。
「英断ですな。ぶしつけな問いかけを申し訳ありませんでした」
「いえ。約束を破ったりしたら、何されるか分からないですから。イヴはたまに怖いんです」
「ふふ、彼女が笑顔でいられる理由、はっきりと理解できました」
イヴに繋がるコードを外していく紳士。
「いずれ、彼女の口からも聞けるでしょうな。あなたが抱いている気持ちと同じ言葉を」
応援しておりますと紳士は続けた。てきぱき片付けると、イヴが目覚めるより先に帰ってしまった。
(同じ言葉……か)
俺がイヴに向けている気持ち。まさかそんなと思う最中、イヴが再起動した。寝起きみたいに伸びをしながら。
「ふわああ、うー終わりましたね。紳士さんは帰っちゃったんですか?」
「ああ。故障はなかったぞ。頭の中がイカれてることくらいだってさ」
「やぶからぼうですねえ。起きしなのけんかもいいですよ。とりゃー」
「うぐああ呼吸が!」
立ち上がるなりおぶさってくるイヴ。軽く首までしめられて。
やっぱりだ。おとなしいイヴなんてつまらない。こっちの方が断然楽しい。
「どっこらしょ」
「あ」
イヴの腕をつかみながらおんぶした。たまには俺に支配されるがいい。
「肉まんでも買いに行くか。冬だからな」
「わあ、いいんですか? どこかに抹茶まんとかありますかね?」
「そんな好きなのかよ。探してみるか」
出会った頃よりも、自然にふれあうことが増えて。今のところは、この現実が落ち着ける。




