13.僕らの秘密は隠れていたい
「誰もいない教室もおつですねえ。さっそく隠れんぼしましょうか」
「いや自習に来たんだよ。邪魔すんなよ」
「えー」
不服そうなイヴ。勉強がめんどくさいならなぜ学校に来たのか。
冬休みでも校内には入れる。俺みたいに自主学習に来るやつもいる。教室内は無人だけど。
「だから家で遊んでろと言ったんだが」
「それはちょっと。わたしが作られた目的は、人の心に寄り添うためですから。海さんの側にいないと」
「ん、そういやそうか」
この生活に慣れてすっかり度忘れしていた。
アンドロイドは人の隣にいるのが普通。やたらと自由行動するのは好ましくないようで。
(……もしかして)
ふと考える。イヴが俺の側にいてくれるのは、あくまで会社の方針だからなのだろうか。
イヴは自分の役目を果たしているだけで、淡い繋がりを感じてるのは俺だけだとしたら。
「なあイヴ」
「はい?」
「どうしてイヴは、うちに来てくれたんだ?」
確かめたかった。ノートに落書きしてるイヴの名前を呼んだ。
「話してませんでしたね。海さんを知る、ある人に頼まれたからなんですよ」
「え、そんな科学的な知り合いはいないぞ」
「いえいえ、そのうち出会えますよ。半分くらいは、わたしの意思もありますけどね」
「うーむ……」
あいまいな答えに一応は納得しておいた。心の言葉は、どういうわけかいつも隠れたがる。
がらっと教室の扉が開いた。視線を向けてみれば、やや見覚えのある女子生徒が立っていた。
「イヴちゃんおひさっ」
「あれっ、友香さんもいたんですね。吹奏楽部の帰りですか?」
「うん。お腹すいたから終わりにしたんだー。イヴちゃんたちは勉強?」
「そうですねえ。真面目にやってました」
親しげに話す二人。思い出した。イヴと仲良しな同級生の友達だ。
適度な長さの黒髪。身長も平均。人混みに溶け込める雰囲気。あえて言うならおおらかそう。
「いやあ、ちょうどいいところでした。一分待っててもらえますか? 一緒に帰りましょう」
「おっけー。下駄箱のところにいるからねっ」
扉が閉められる。ペンをポケットにしまったイヴが立ち上がった。去りますねって顔してる。
「俺の側に寄り添うんじゃなかったのか?」
「ほら、よく言うじゃないですか。離れていても心は近くにあるって。ああなんて素敵な名言」
「なんて都合のいい」
友達と帰るためなら平気で前言撤回する。これこそイヴだった。
まあ俺としても一人の方が勉強は進む。イヴも友達と喋ってた方が有意義でいいだろう。
「帰りは遅くなるかもしれん。イヴはゆっくり遊んできてくれ」
「分かりましたー。たまには息抜きも必要ですもんね」
「いっつも息抜きまくってるくせに何を言う」
「あちゃー」
ずいぶん落書きしてたみたいだけど、あれは真面目とは言わん。
「あ、ついでにこれ持って帰ってもらえますか? 手ぶらが好きなので」
「あいよ」
イヴが渡してきたのは、さっきまでペンを駆け巡らせてたノート。
「では、お先にさらばさせてもらいますね」
「ああ、気い付けてな」
頭を下げて、イヴは教室から出た。とたんに室内は静かになる。
程なく不思議な事象が起きた。より集中力が落ち始めた。こうなると継続は難しい。
ふと落書きの内容が気になった。ノートを開いてみる。四コマ漫画が展開されていた。
(いつの間に)
一コマ目。ひとりぼっちの少女の絵。イヴに似ている気もした。
二コマ目。少女に手を差しのべる青年。こっちは俺に似てるような。
三コマ目。雪の中を歩く少女。悪天候なのに少女は微笑んでいる。
(……イヴのやつ)
四コマ目。笑顔の理由が判明した。青年と手を繋いでいたから。家までの道を並んで歩けるから。
切り抜かれた物語。気持ちが記された断片。隠しているのは俺だけじゃなかったんだ。
(家で、勉強するか)
ぱたんとノートを閉じて立ち上がる。全ての勉強道具をかばんにしまう。
「よし」
一人の帰り道だけどさみしくない。俺だけができる役目があるから。
家の鍵を開けておこう。いつイヴが帰宅してもいいように。また会える場所を守るために。




