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第八十三章

第八十三章


 車窓の外を流れる見知らぬ景色。

ありふれた四人掛けのボックス席。

通路を転がる空き缶。


 「こういう時、車椅子って不便ていうか邪魔よね。折り畳みだけどさ」

「…」

「新幹線の方が早いけど、しょうがないな。ジュンだってそんなにお金、もってる訳じゃないし」

「…」

「なんか、ちょっとイイよね。二人で電車って。駆け落ちみたいで」

「…」

「ねぇ、どうしたの?駅出てからずっとだよ!難しい顔して黙り込んで」

加夏子の声が聞こえていないかのように、殉は視線を落としたまま黙りこくっていた。


 出発する直前だった。

加夏子の乗車を手伝ってもらう為に駅員を呼びにいった際、不意に後ろから声を掛けられた。

「殉」

「兄さん?どうしたんだい、いきなり」

「事情は判ってる。女の子を捜しに行くんだろ」

「うん」

「遠出をするな…と言ったところで聞くような奴じゃないよな、お前は。昔から頑固だったし」

「兄さんだって。僕が何と言ったって自分の道をゆくでしょ?同じだよ、兄弟だし」

「まったくだ」

くっくと小さな笑い声が聞こえたと思うと、殉の手に紙幣の固まりが握らされた。

「何かあったら迷わず俺を呼べ。見かけはどうであれ、お前の身体はもう…」

「それ以上は言わないで。判ってるよ、自分のことは自分が一番、よく判ってる…」

「そうか」


 兄の心に音が響いているのを殉は聞いた。

低く、哀しみに満ちたコントラバスの音…

自衛隊に入る前、兄がよく練習していたのを彼は思い出した。


 「…あれがお前の連れ、か?」

聞かれて殉ははっと我に返った。

「うん、足が不自由で大変なんだけど、碧ちゃんを捜すって言ってきかないんだ。僕がついててやらなきゃ」

「好き、なのか?」

「…うん…僕、決めたんだ。生きてる限り彼女を、加夏子ちゃんを守るって」


 かな…こ…だと…?!


 コントラバスの音が、オーケストラを丸ごと押し潰したような凄まじい轟音に一瞬で変わった。


 「清水…加夏子…なのか?あの車椅子の女は」

「そうだよ、兄さん知ってるの?」


 棒のように立ちつくしている兄の姿が見えるようだった。

それ程に傍らの気配は硬直し、凍りついていた。


(続く)

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