第八十二章
第八十二章
「外出は私が許可しました。間接的治療の一環と御考え下さい」
院長室の一角で、九十九は病院長と対峙していた。
「これで二人目だぞ、九十九君。一体どうなっとるのかね!騒ぎが漏れないうちに早く連れ戻してきたまえ!!」
「ですから、清水氏の御令嬢については正式な許可を与えた上での外出だと申し上げています。先方には私から了解を頂くつもりです。もう一人の方については、これは私の守備範囲では…」
「もうひとり?あぁ、あの片腕の子供か。そんなのは後回しでいい。清水加夏子が最優先だ!」
ロイド眼鏡の奥で、九十九の目がすっと窄む。
「入院患者に事件が起これば、当院の評判はガタ落ちですよ。病院が医者より評判で成り立っている事は、院長もよく御存知な筈ですが」
「それがどうした」
「消えたのは二名、うち一名は私の監督下にあります。捜索に力を入れねばならないのは残り一名の方ではありませんか。最近、刑事もウロウロしているようですし」
「けっけ、刑事だとぉ!?」
過度に血色の良い院長の巨大な頭頂部から、堰を切ったように汗が吹き出した。
「えぇ。このままだと痛くもない腹を探られるんじゃないですか」
意地悪そうに九十九がニヤリと笑う。
「うむぅ〜…」
しきりに汗を拭う病院長を冷ややかに見下ろしながら、九十九は次のカードを切った。
「マスコミはセンセーショナルな話題に飢えていますからねぇ。入院中の子供を連れ去ったのが看護士の一人だったなんて事が判ったら、とてもとても…」
「何だと!今なんと言った!?」
「看護士ですよ。衣笠恵美子。清水加夏子の担当でもありましたからね、私もよく知っていますよ」
「…何処へいったか、それも判るというのかね」
「えぇ、だいたいのところは」
「よろしい。この件は君に一任する。警察より早く子供の身柄を確保したまえ」
「それだけですか?」
「…うまくいったら、それなりの待遇を約束しよう。何なら一筆書いてもいい」
「そうして頂けると助かります。それでは」
しくじるなよ、九十九
もししくじったら、判ってるだろうな!
背を向けたまま軽く手を挙げると、九十九は院長室を出た。
狸親父め…
まぁいい、面白くなりそうだからな
(続く)