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第八十章

第八十章


 息せき切って門をくぐった銀さんの目に白衣を着た仲間の姿が飛び込んできた。

「おいテツ!いなくなったのは誰なんだ!?」

「銀さん、どこほっつき歩いてたんですか?もうてんやわんやで大騒ぎ…」

「んな事ぁ見れば判るわ!だれだと聞いてるんじゃねぇか!!」

喧嘩でも売るような勢いで、銀さんはその若者の白衣の胸倉をむんずと握り締め上げた。

「はやく言わんかい!!」

「そっそれがグェ…みどりちゃんですよ…片腕のグェェ〜…」

「なんだと…」

目を白黒させて半死半生の有様になっている若者の言葉を聞いた銀さんの顔色が同じ位青くなった。


 あの子が勝手に何処かへ行ってしまう訳がない。

病室でも、もっと小さな子の面倒や身の周りの世話を焼いているお姉ちゃん肌のあの子には、ハンデを負っている自分達の立場が外の世界でいかに弱く脆いものかという事が良く判っていた筈だ。

それが、あの年頃の子供にどれだけ酷な事であろうと、あの子はそこから目を背けるような子ではない。

そういう点で、堀川殉とあの子…佐野碧はとても良く似ていた。


 何かがあったのだ。何か非常な事が…


 ふと思い立ち、銀さんは襟に食い込ませた手を離して病棟の方へと走りだした。

「どこ行くんですかぁ〜…ゲホゲホ」

恐怖の首締めからやっと解放された若者が、ほうほうのていで声を掛けた。


 ナースステーション!


 銀さんの声が響き、遠ざかる。



 東京駅。17:30発岡山行き新幹線の車内。


 少し不安気な顔をした佐野碧が窓側の椅子に座っていた。

「ねぇ、ほんとにいいの?病院抜け出しちゃって。いくら大人が一緒だからって、アタシやっぱりよくないと思うよ、こういうの」

「大丈夫。せんせいや病院のひとには、おねえちゃんからちゃんと伝えてあるから。あなたは何も心配しなくていいのよ」

「でも…」

碧は隣を見上げて、その女の顔を覗き込んだ。

彼女の頭の中には、幼い碧には訳の判らない様々な”言葉”が渦を巻いていた。


 あのひと…とか、病気が…とか、好き…とか、嫌とか。


 「さあ、もう出るわよ」

「うん…」


 淡いピンク色のスーツに身を包んだ衣笠恵美子が、碧の肩にサマーセーターをかけて中身の無い片袖を隠した。


(続く)

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