第六十章
第六十章
時計はじき零時を差し示そうとしていた。
カツ、カツという音だけが響く部屋の中。
向き合った二人は微動だにしない。
加夏子は、ベットの端に腰掛けた殉の前で目をつむっていた。両手は膝の上でしっかりと握られている。
殉もまた瞑目していた。殆ど暖房の効いていない部屋で、彼の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
かれこれ3時間が過ぎていた。
あまりにも静かな様子に不安をかきたてられた恒彦達が恐る恐る部屋を覗いた時、二人は既に彫像と化していた。
加夏子も殉も、恒彦や紗季子が部屋に入ってきたことに気付いていない。意識すら無かった。瞑想で言う完全な三昧境にあったのだ。
誘ったのは殉だった。
「いいかい、これからカナちゃんとシンクロする。この前は僕自身、訳も判らないまま君の中に入っていった。君と強い絆が生じていたのを感じていたから、あんな無茶をやってしまった。でも今度は違う。君は僕を拒んでいる。そこに入ってゆくのは多分、もの凄く強い抵抗にあうと思うんだ。正直、たどり着けるかどうか自信が無い…でも僕は信じてる、カナちゃんが本当の自分を取り戻そうとしてる事を。そこには必ず僕のいる場所がある事を」
離れていていいよと言うと、殉は加夏子の車椅子を押してベットの傍へゆき、自分は浅く腰掛けると静かに目を閉じた。
間を置かず猛烈な眠気に襲われた加夏子も、あらがう事なく瞳を閉じた。
時間は意味を成さなくなっていた。
「あなた…病院に連絡したほうが…」
生きている人間とは思えない二人を前に、不安をかき立てられた紗季子が恒彦の背を押す。
「待つんだ、サキ。久我さんが言ってた、”ギリギリまで二人に干渉しないでくれ”と。心の中の事なんて私達には判らない、だが彼は…堀川君は、前回の失敗で学んだ筈だ。だから任せよう。彼を信じよう…」
そう言う恒彦自身、強く噛んだ唇から血を滴らせていた。
このひとも戦っているんだ、カナと一緒に…
恒彦のさまを見た紗季子は、恒彦の背を押す手を放した。
私も一緒に戦う。
このひとや、血を吐いてまでカナを救おうとしてくれた彼と。
お願い
加夏子を助けて
お願い
神さま…
久我さん…
紗季子の手は真っ白になるまで握り締められていた。
(続く)