第六十一章
第六十一章
目を閉じて、頭の天辺から首、背骨に沿ってゆっくりと下に向かい沈み込んでんでいった。
自分の意識を光る球体としてイメージした殉は、徐々に徐々に、深海潜水艇が海溝に潜ってゆくように、それを躯の底の方へと沈ませてゆく。
呼吸のリズムは加夏子に合わせ、だが少しずつ遅くしてゆくと、球体が沈むに従い今度は加夏子の呼吸が殉のリズムと同調してくる。
誰に教わった方法でもなかった。
幼い頃、たらい回しにされた親戚の家で、盲目の殉には赤子をあやす位の事しか出来なかった。ぐずって泣き止まぬ赤ん坊を寝かしつけるのが、いつもの殉の役目だったのだ。
そんな日々を繰り返すうち、彼は奇妙な特技を身につけた。
どんなに癇の強い子でも、殉が添い寝してやるとピタリと泣き止んで、やがて二人ともスヤスヤと気持ち良さげに眠ってしまうのだ。
成長し、サトリとして親戚達に忌避されるようになるまで、殉は子守の名人として重宝されていたのだった。
無我夢中だった前回と違い、今度は始めから自分の意志で、覚醒している相手の心の中に入り込んでゆかねばならない。
どうすればそんな事が出来るのか…殉が思いついたのは、子供の頃に散々やったこの方法だった。
いや、正確にはそれしか思いつかなかったと言うべきであろう。
こんな事を日常的に行ってきた訳でもなく、ましてや専門的な訓練など受けた事も無い殉にとって、加夏子とシンクロするにはこの方法しか選択の余地が無かったのだ。
彼は知らなかったが、チベット密教において”夢見の法”とされる修行法と彼のそれは酷似したものであった。
密教僧達はこの方法を用いて、自らの夢の中に、能動的な自我を保ったまま入っていったという。異世界を自在に飛び回り、言い伝えでは現実の肉体もまた夢と共に宙を舞ったといわれている。
殉は加夏子と一緒に深い眠りに落ちた。
眠りながら、尚かつ彼は“目覚めて”いた。
暗黒の中を下降する彼の意識は、緩やかな螺旋を描きながら、それを探していた。
どこだ
どこにあるんだ
彼女の「扉」は…
永久に続く闇の底は、どこまで下っても見えてこない。
萎えそうになる自分を叱咤しながら、殉は更に深く深く、暗闇を潜っていった。
(続く)




