第五十章
第五十章
恵美子達が並んで歩く廊下の向こう、西日の差し込む明かりとりの大きな窓に、腕を組んで寄りかかった九十九の姿があった。
「やぁお二人さん、手に手をとってお散歩ですか?」
固い表情のまま歩いてきた二人に、薄笑いの九十九が話し掛けた。
「つまらない冗談ですね、先生」
「おや? 今日は随分とつっけんどんですねぇ」
笑い顔はそのままだが、九十九はいつものようなC調になる事無く、交互に二人を見つめていた。
「丁度いい。先生に話しておきたい事があるんだ、清水加夏子の件で」
銀さんが挑みかかるように口を開いた。
「それと堀川君の事について、ですね」
「察しがいいな、なら話が早い。あの二人にこれ以上…」
「『干渉するな、二人に任せておけ、治療に堀川殉を利用するな、彼の能力を試すな』久我さんのおっしゃりたいのは、だいたいそんなところでしょう」
一気に押し切ろうとしていた銀さんは、九十九に機先を制され言葉に詰まってしまう。
「危惧はもっともです、久我さん。ただ貴方も衣笠君も、ひとつ大変な誤解をしている。私は彼…堀川殉のサイコダイブ能力には何の興味も無い」
恵美子の顔色が変わった。
てめぇ…聞いてやがったのか!!
怒気を張らんでグッと一回り大きくなった銀さんの躯が一歩前へと踏み出そうとした刹那、九十九の手からメガネが床に落ち砕け散った。
カッシャァァァーン!
銀さんの足が止まった。
「盗み聞きは趣味じゃありません、偶然ですよ」
屈み込んでガラスの破片を拾い集めながら九十九が言った。
「僕の興味はただ一つ… 人間の心、それだけです」
「こころ?」
「アァ〜ア、このロイドお気に入りだったんだけどなぁ〜」
破片をハンカチに包み、フレームだけになった丸眼鏡を片手に立ち上がった九十九はゆっくりと二人に向き直った。
「僕は彼女、清水加夏子の”心”と戦っているんです。戦争と言ってもいい。今まで私達の診療チームは負け続けてきた。これは総力戦なんです。使える武器は多い程いい。僕にとって堀川君はそれだけの存在です、だが衣笠君にとっては違うようですよ」
視線を回しながらレンズの無い眼鏡をかけた。
「どういう意味なんだ?エミちゃん」
銀さんも恵美子に向き直った。
(続く)