第三十九章
第三十九章
「泣いて…いるって?」
半端な中腰のまま、銀さんは加夏子の姿に釘づけとなっていた。
背を伸ばし、ジッとこちらを見つめている加夏子の額には、深い一筋の皺が刻まれている。
険を宿す眼差し。
両の手がゆっくりと車椅子のホイールを回す。
狂的な力を秘めているとはいえ所詮は女の子の腕力、暴れたとしても抑え込めない事はない。
今までも何度か、彼女の暴発を止めた事はあった。
でも銀さんは、加夏子にこれ以上騒ぎを起こして欲しくはなかったし、何より彼女のあんな姿を見たくはなかったのだ。
だが今、碧が言った『泣いている』とは一体…
ゆっくりと、車椅子が二人の方へ近寄る。
銀さんは加夏子の視界から碧を覆い隠すようにして二人の間に立ちはだかった。
「よぅ、詩集を読むにはチト遅い時間だな、嬢ちゃん」
「…こんばんは、久我さん」
加夏子の口調が、あの夜の紗季子…加夏子の母親のそれに酷似しているような気がして、銀さんは言葉が続かなくなってしまった。
彼女が知る筈の無い、彼と彼女の母親の過去を見透かされたような、そんな気分になってしまったのだ。
ワタシは知ってるの
あなたが隠していること
あなたがやってきたこと
何もかも
考え過ぎだとは判っていたが…
瞬かぬ眼差しを受け、額から汗が浮き出るのを感じていた。
「こんな時間に、そんな怪我人を遊ばせておいていいのかしら?」
「………」
「いい加減ね、あなたも。この病院も。胸が悪くなる」
「おねえちゃん、おじちゃんを叱らないで。ウチが遊ぼっていったんだよ」
碧が銀さんの後ろから顔を覗かせて言った。
加夏子の目がつり上がる。
「ガキは黙ってろ!」
いきなり膝の詩集を投げつけた。
凄まじい勢いで宙を飛んだ詩集は銀さんに命中し、バラバラにちぎれ飛んだ。
「おいっ、よせ!」
銀さんが加夏子を押さえつけようとした時だった。
「おねえちゃんだって、あんな暗い所でエンエン泣いてたじゃん! おとなのくせにカッコわるいよ! ウチちゃんと聞こえたんだからね!!」
「ワタシが…泣いて…?」
加夏子の動きが止まった。
(続く)