第三十八章
第三十八章
「こんにちは、おじちゃん」
歩いてくる銀さんに、少女はペコリと頭を下げた。
「もう暗くなるぞ、そろそろ病室に帰らなきゃなぁ」
「でも、もうちょっとだけ… 一緒にやろうよ」
銀さんの頬が崩れた。
「あのなぁ、日が暮れると怖ぁ〜い鬼がうろつきだすんだぞ。俺はまだ鬼に食われたくねぇよ 」
ガシガシとショートカットの頭を乱暴に撫でる。
「へいきだよ、ウチ、ひとより食べるとこ少ないモン♪」
銀さんの手が止まった。
「ねぇ遊ぼう、もうチョットだけ。ネッ」
銀さんの戸惑いを、少女の無邪気な笑顔が遮る。
「……よし、遊ぶか」
「やったぁ!!」
「いいか、チョットだけだからな」
「うんっ」
器用に片腕でボールを拾う姿を眺めながら、銀さんは少女がここへ来た時の事を思い出していた。
名前は佐野 碧。
確か10歳くらいだったか。
小学校4年生だと聞いていたから、それ位であろう。随分、回復したものだ。
年の瀬も近い都心の私鉄線で昨年起こった大規模な脱線・転覆事故。
死者約130名、重軽傷者300名以上という大事故の、彼女は被災者の一人だった。
頭部打撲、片腕切断の重傷患者として救急搬送されてきたのだったが、助からなかった被災者も数多くいた。
この娘はまだ運がいい方だ、腕一本無くすだけで済んだのだから…
彼が直接関わったのは僅かな時間でしかなかったのだが、気にかけていた時間はそれよりも多かった。
両親は二人とも、その時に亡くなっている。
こんな小さな子がこれから、たった一人でどうやって生きてゆくのだろうか…
その時、彼は街灯の下にたたずむ人影に気がついた。
暴れ出す前の、アノ怖い顔をした…加夏子だった。
マズイぞ…
「みーちゃん、戻る時間だ」
「え〜もぅ〜」
「ホラ、あのおねえちゃん怖い顔してるだろう? 約束守らない悪い子がいるとね、あのおねえちゃん、ホントに鬼みたいに怒っちゃうんだぞ」
碧がくるりと振り向り加夏子を見る。
不思議そうな顔で言った。
「…あのおねえちゃん…泣いてる…」
銀さんはギクリと身を強ばらせた。
(続く)




