第三十四章
第三十四章
中庭に置かれたベンチに腰を降ろし、恵美子は足許の落葉を靴の先で軽くつついてみた。
乾いた音を立て、枯葉が形を崩す。
戸惑いと、それとは別の感情が彼女の中で複雑に絡みあっていた。
九十九との会話が耳から離れない。
「統合失調症と判断しがちな彼女の症状は、フェイクだ」
「フェイク?」
「我々を袋小路に誘い込む罠さ。勿論、あのお姫サマが意図的にやっているという意味じゃあない。こっちが勝手にミスジャッジを下しているに過ぎないんだがね」
パイプ椅子を木馬のように前後に揺すりながら、九十九はまるで恵美子を説得でもするかのように熱の籠った口調で言葉を続けた。
「ある日突然、訳も判らずこうなってしまったんじゃない。少なくとも始まりはハッキリしている…あの夜、だ。そしてそれに関わった人間…」
九十九が指を一つ立て、ユックリと恵美子に向ける。
「ワタシ?」
「ま〜さかぁ〜、でもエミちゃんには判ってるんじゃな〜い?」
いきなりC調に戻った九十九が崩れた笑顔で笑った。
「君は知ってるよね? それが何か…誰なのかを」
九十九の顔の中で、目だけが全く笑っていなかった。
そう… ワタシは知ってる…
でもそれを口にする事は出来なかった。
返答をしない恵美子に九十九は告げた。
「『棚上げ』というのはね、彼女があの夜、心的なショックから自らの心を封じた事を言ってるんだ。僕らはそれを診ながらお手挙げ…滑稽だと思わないかい? エ〜ミちゃん」
「…」
「人の心は容易に正体を見せない。誰もが、自分を隠す事については巧まざる一流詐欺師なんだよ。だが僕は騙せない。全ての鍵を握るのはあの少年だ、違うかい?」
「……」
「彼女を野放しにしてるのは、奇形化したトラウマが噴出するに任せて、心理的な障壁の弱まる時期を待ってるからさ。ガードが下がった頃を見計らい、彼を彼女にぶつける。面白いものが見られるかも知れないよ」
「先生… 先生はまるでゲームでも楽しんでおられるようですね。それは医師として、あってはならない姿勢ではないですか!」
烈しく反論する恵美子に、九十九は言ってのけた。
仕事を楽しんで何が悪いんだい、と。
「医者はね… 仕事を趣味にしてもいいんだよ」
(続く)