第二十六章
第二十六章
ゆったりと広い部屋。総木目張の内装にマホガニーの机と豪奢なソファーが一組。
相応の金がかかっているのが一目で判る作りだった。
机の向こうから、病院長がまだ若い医師に向かい尋ねた。
「足のほうはマダ駄目なのかね?」
「えぇ、言語機能には全く障害は残っていません、テストでの受け答えもしっかりしています。脚部の痛覚検査も低数値ですが正常な反応を見せていますし、医学的な見地からは健康体と言っても差し支え無いと思われますが…」
「動かん、か」
フゥ〜と大きく溜め息をついて、病院長はシガーボックスに手を伸ばし、葉巻を一本取り出すとカッターで吸い口を切りながら言った。
「あの娘の入院も一年を越えた。一定の治療成果を出せたのは喜ばしい事だが、そろそろ次の段階について考えた方が良いのではないかね」
「次の…段階、とは?」
言葉の意図をはかりかねた医師が、困惑気味に病院長に聞き返す。
葉巻特有のトロリとした煙を吐き、茫々とした目で病院長が医師を見る。
「外科療法から心理療法に重点を移すという事だよ。精神科の九十九君は確か君の同期だったな。今後は彼をあの娘の担当医にしようと思う。ご苦労だったな」
「待って下さい!」
医師が慌てて病院長の言葉を遮る。
「覚醒後の様子が以前と異なります。どこがどうとは言えないのですが… 妙に感情の起伏が激しくなったと言うか、攻撃的になったと言うか…」
「だからそういった精神的なケアこそ必要だと言ってるのだ。君は一体、何を聞いていたんだ? 医学的には健康体だとさっき口にしたのも君じゃないか」
「『見なしても構わない』と言ったのです。何か見落している可能性もあります。大脳器質の損傷かも知れません。精神科よりも脳神経科に預けるのが先でしょう」
「これは決定事項だ」
「しかし院長…」
「清水氏はこの一年、入院費用の他にも多額の寄付を当病院に寄越してきた。我々としては、氏の期待に沿えるよう最大限の努力をもって治療にあたらねばならん。心理療法は時間がかかる、早く始めるに越した事はないだろう」
院長室を後にした医師は、白衣のポケットに手を突っ込むと長い廊下を歩きだした。
強欲ジジイめ、まだむしり取るつもりだ
あの娘は患者じゃなく金ズルか
彼は擦れ違った恵美子にも気が付かなかった。
(続く)