第十八章
第十八章
何も見えぬ、聞こえぬ漆黒の路を加夏子は歩いていた。
灯り一つささない。
そのくせ、時々ボゥと何かが視界の隅をかすめ消えてゆく。
風景であったような
人か獣の姿であったような
恐ろしい孤独が彼女を押し包む。
助けを呼びたくとも、ここには誰も居ない事を彼女は知っていた。
ここは彼女のよく知る場所、永き間つむぎ続けてきた蔦の牢獄だったのだ。
意識する事無く封印してきた忌まわしい記憶、その扉が開かれた時、加夏子は逃げ出したのだ。
誰も追ってこない、それ故に誰一人居ないこの場所へ。
絶対の安全があった。
それは同時に完全な孤絶をも意味した。
夢中で心の牢獄に逃げ込んだ彼女がそれを理解するには、その心は余りに幼く、繊細に過ぎていた。
だれか…
誰かいないの?
ワタシはここよ
パパ、ママッ!
センセイ、衣笠さん、銀さん!
ジュン!
ケンちゃん!
どうして誰も返事してくれないのっ!!
出して! ワタシを此処からだしてぇー!
………
叫び声が虚空に木霊する。
正真正銘のひとりぼっちだった。
あてどなく歩き出した。
足許だけが鮮明に見えた。
重く厚く積もった枯葉が、泥田のように続いている。
少しずつ沈み始めていた。
足首から脛、やがて膝までズブズブと枯葉の中に沈み込んでゆく。
もう歩く事すら出来なかった。
やがて胸から首まで埋まってしまうと、自由になることは二つしかなくなった。
見る事と、考える事。
加夏子は必死に思いを巡らせた。
大事な何かをうまく思い出せなかった。思考が定まらない。
………
人がひとり、こっちに来るのが見えた。
ゆっくりとズームのように、その姿が大きく鮮明になる。
ジュン!
その名前を口にした瞬間、何事も無かったかのように加夏子は路の上に立っていた。
しっかりと堅い路面を、うつ向いて立つ殉に向かって駆け寄った。
ジュン
来てくれたんだね
ワタシ…わたしね…
彼が顔を上げる。
細い目がニヤリと笑った。
あの男の顔をした殉は、絶叫する加夏子をメッタ斬りに刻んでいった…
急遽、病院に搬送された加夏子はICUでの集中監視下にあった。
命の灯が、消えかけていた。
(続く)