第十七章
第十七章
夜の病院には不自然な静けさがある。
広大な敷地に反比例して、そこには人間の生活する音、それにつきまとうように沸き起こる種々雑多な背景音が欠け落ちている。
墓地の不気味なまでの静寂とも違う人工的な沈黙が、毎夜繰り返されるのだ。
秋の訪れと共に首筋を撫でるようになった、少し冷たさを感じさせる夜風に襟を立てながら通用口を出てきた男がいた。
警備員に挨拶を交すと表門を目指して歩き出す。
もう三年か…
何年通っても、このビョウインのフンイキって奴には慣れやしない
ヤレヤレ…
帰りに一杯やる店を頭に思い描きながら、銀さんは足を早めようとした。
「ん?」
表門に続くエントランスの途中、中庭の芝生に立つ街灯の下に人影がひとつ。
真っ直ぐに立ったまま動かない。
顔を天に向け、星を見ているようにも見える。たがその表情は厳しく険しい。
「ヨゥ坊や、今夜はこんな時間に天体観測かぃ?」
空など見える筈が無いのは百も承知で、銀さんはその少年…殉に話し掛けた。
「判ってましたよ、銀さん。今から飲みにいくんでしょ? “声”が聞こえたから」
ゆっくりと顔を降ろし殉が銀さんの方へと向き直った。
この坊やはいつもそうだと銀さんは思った。 目が見えなくとも、相手に向かい話すのが礼儀だとチャンと知ってやがる…
「ホメてくれるのは嬉しいけど、飲み仲間が待ってるんじゃないですか?」
殉が微笑みながら言う。
「そんな事まで“聞く”こたぁないゼ」
彼は、殉の持つ特殊な力にはもう慣れていた。照れながら問い返した。
「坊やこそ、こんな時間に何してんだ? 随分キツい顔をしてたぜ」
殉の顔から笑みが消える。
「イヤな… 嫌な感じがするんだ。何だか判らないんだけど」
銀さんの表情も曇った。殉の予感は必ずと言っていい程当たるのを彼は知っていた。
その時だった。
「っ!!」
殉が耳を押さえて蹲った。
「おいっ! どうした?」
銀さんは慌てて駆け寄った。
「声が…悲鳴が…聴こえる…ヒドい!」
突然の出来事にうろたえながらも、頭を振って苦しむジュンを彼はしっかりと抱きかかえた。
「しっかりしろ! オイッ!」
「…壊れた…カナちゃんが壊れた…」
小さく痙攣を始めた殉を肩に担ぎ、銀さんは病院に向けとって返した。
必死の形相であった。
(続く)




