第十六章
第十六章
父さんがロンドンまで国際電話をかけてきたんだ
カナちゃんが大変だと
予備校の帰りに通り魔に襲われて切られたって
重傷で命の危険もあるって
飛んで帰りたかった
でも飛行機の席がなかなか取れなくて
そのうちにまた連絡があって
命は助かったけど足が動かないと伝えてきた
御見舞いには必ず行くからお前はしっかり勉強を続けろ
そんな事言ってきた
何度もなんども帰ってこようとしたんだ
その度に止められて、挙げ句学費は出さないぞって
まったく何考えてんだか
やっと帰国したら今度は病院の名前も教えてくれないんだ
おかしいよ
でもやっと会えた…
ヨカッタ
憲一の話を聞く加夏子の思考は止まっていた。
なに、それ
ワタシ事故で入院してたんだよ
パパやママだって怪我しちゃって、救急車だって来て、おまわりサンがたくさんいて…いて…運ばれて…ストレッチャー…
警官…
会話…
無線の…
………
「被害者は女性、えー、学生証から確認、○○高校の二年生、えー、氏名は清水 加夏子サン、17歳。鋭利な刀状の凶器と思われます、背後から斜めにキズあり、えー、只今から搬送します。重傷です。…はい、はい、事情聴取は出来ません、は? 無理です、今すぐ運ばないと危ないと隊員が… だから!無理だと言ってるだろう!! 犯人? そんなモノとっくに逃げてるよ! 非常線の配置はどうなってるんだ!!」
喫茶店の前の暗い路地、見上げた所に立つ警官が一人、無線に向かって叫んでいた。
「搬送先は○○病院です、警察も同行しますか?」
救急隊員が息せき切って警官に問う。
「アァ、俺が行こう。他の者は現場保存と事情聴取だ」
「では早く乗って!」
…見知らぬ映像が焦点を結んだ、その時…
バシッ! と頭の中で音がした。
同時に、失なわれた記憶の奔流が凄まじい勢いで溢れ出て加夏子を押し流した。
ダメ、駄目、そこを開けちゃだめっ!
思い出しちゃダメだって… それ以上喋らないで、ワタシに見せないで、アレを… あれだけは駄目っ!!
背中に激痛が走った。
そして。
倒れ込む視線の隅をかすめる黒づくめの男の顔。
切長の冷たい目が…
笑った
ニヤリ
憲一を突き飛ばした拍子に車椅子からころげ落ちた加夏子は、白目を剥いて失神していた。
悪夢が、蘇った。
(続く)