愛し子 その七
7、
アーシュとジョシュア、そして、僕は「天の王学園」の学長であるトゥエ・イェタルの最後の火が消えてしまう時を、静かに見守った。
身体と精神を傷めつけられているのだろう。
苦し気な呼吸を続けるトゥエの苦痛を少しでも和らげようと、僕は持てる限りの癒しの魔法で頑張ってけれど、トゥエの苦しみは、到底理解できるものではなかっただろう。
「ごめんなさい。僕の力が足りなくて…」
「…大丈夫だよ。ありがとう、スバル」
涙が止まらない僕に、トゥエは力の無い声で礼を言い、トゥエの胸に置いた僕の手に、痩せた手をそっと重ねてくれた。
段々と弱まっていくトゥエの心臓の音に、僕は伸弥さんが味わったであろう苦しみが重なってしまい、とうとう涙が止まらず、ひきつった嗚咽を繰り返した。
トゥエは途切れ途切れになりながらも冷静な声音で、僕らに感謝の言葉と、これから生きる希望を、それぞれに残してくれた。
トゥエの言葉をもらったジョシュアは、ふいにその場から立ち上がり「俺、見張っているから…」と、言い残し、部屋を出ていった。
きっと、泣いている顔を見られたくないのだろう。
それとも…トゥエとアーシュの聖なる輝きに、耐えられなかったのかもしれない。
アーシュは、泣くことも、憐れむ表情も見せず、ただトゥエの頬を優しく撫で、時折頷きながら、微かに微笑んでいた。
その姿は、まるで死に行くトゥエを導く死神か、女神のように…僕には見えた。
アーシュもトゥエも、すべてを受け入れているのだ。
そして、アーシュはトゥエの口唇に、ゆっくりと口づけた。
「ありがとう、トゥエ…親父殿。あなたが俺を生んでくれたから、俺はここに在る…」
「…あ…アーシュ……」
「…大好きだよ、トゥエ。愛してる。…さよなら…。死があなたを安らかな場所へ導きますように…。ね、会いにいくよ。…いつだって、俺にはそれができるんだから…」
アーシュの言葉を聞いたトゥエは、笑みを浮かべ、目を閉じ、そして、呼吸を止めた。
僕は号泣した。
トゥエが死んでしまった悲しみと、こんな風に…アーシュみたいに、伸弥さんを見送ってやれなかった自分への後悔と、してあげたかった想い…が胸を締めつけて、どうしようもなかった。
「スバル、泣いてるところ、悪いが、ジョシュアを呼んできてくれ。…天の王に帰ろう。みんながトゥエを待っているからな」
「う…うん」
冷静なアーシュを少し恨めしく思いながらも、僕は泣きじゃくりながら立ち上がり、ジョシュアを呼びに行った。
ジョシュアはまだ温かいトゥエの亡骸を背負い、僕はその後ろを、アーシュは先頭を歩きながら、甲板を目指した。
「甲板に出たら、ワープして、この船から離れよう。スバル、携帯魔方陣は持ってきたか?」
「うん」
「じゃあ、外に出たらそれを使って、ジョシュアとトゥエを港まで運んでくれ」
「おまえはどうするつもりだ?」
アーシュを案じたジョシュアが言う。
「俺は…まあ、ボスと会ってみるよ。どうしてトゥエがこんな風に死ななきゃならなかったのか、俺には奴らに聞く義務があるからな」
「で、俺達だけで逃げろってか?…そんなの俺が素直に聞くとでも?」
「…」
ジョシュアの言葉にアーシュは振り向き、驚いた顔を見せた。
「忘れた~。ひねくれ具合では俺同様のジョシュアが、素直に聞くわけないよなあ~」
「当たり前だ」
「じゃあ、トゥエとスバルと一緒に、俺の超絶かっこいい姿を、眺めていてくれ」
「…だから、自分で言うなって言ってんだろ!」
ジョシュアは呆れながらも、少しだけ笑ってみせた。
そんなふたりのやりとりが、僕には切なくて、また涙が溢れてしまった。
いくつかの階段を昇り、やっと甲板への出口が見えた。
薄灯りの点いた艦内と違い、真っ黒な夜空が見える。
「誰にも気づかれなくて良かったね」
「そう簡単にいくもんかっ」
僕の暢気な言葉に、苛立ちを隠さないジョシュアが言い放つ。
ジョシュアは魔法使いではないけれど、どうやら僕よりもよっぽど、先見は鋭いらしい。
予感は的中。
僕たちが甲板に上がった瞬間、船のサーチライトが僕たちを照らしだし、いくつもの銃を構える引き金の音が聞こえた。
その音が思ったよりもずっと激しくて、僕は絶体絶命の気がして、思わずジョシュアの腕にすがりついた。
「…なにビビッてんだよっ!」
「だって…」
「こんな事ぐらい、予想はついてただろ?」
「…だって」
「おまえは一応ホーリーなんだろ?アーシュの力になる為にここに居るんだろ?しっかりしろよ」
「…」
だって、僕は…危険だってわかっているから、来たくなかったのに、アーシュに無理矢理連れてこられて…でもそんな弱音吐いてる場合じゃないって、わかっているけれど、足が震えて、仕方ないんだもの…
「スバル。携帯魔方陣で結界を張っておきな。銃の弾ぐらいは弾き返せるように、十分魔力を込めてな」
「そ、そんなこと…」
やったことない!
「どうやらカメラも回っているし、全世界に生放送でもしてくれりゃ、こっちも助かる」
「え?なま…放送?」
「トゥエの処刑を見せつけるって言ってたしね。ほら、あそこのブリッジに影が見えるだろ?あれが例の俺たちの先輩のハールートなんとかっていう、クーデターの張本人だぜ。隣に居るのが魔術師か…。まあ、それなりの力はありそうだが…」
「おい、それよりも、俺達、囲まれてるぞ。どうするんだ?」
「ま、話し合えばなんとかなるでしょ?ジョシュア、おまえ知ってたか?昔の偉い人の言葉で『和を以て、貴しと為し、忤ふること無きを、宗とせよ』だってさ。スバルの故郷の人らしいぜ」
「…ごめん、知らない…」
「そんなもん、知るかっ!」
こんな時に、歴史の授業みたいなこと言ってくれるなよ、アーシュ。
…でも…なんとなく、アーシュの余裕を感じて、少しだけ安心しているのは確かなんだけど…
「で、アーシュ。俺らの先輩って奴を、どうする気だよ」
「まあ、痛めつけるのは最後の手段…って事で、あれでもトゥエの愛し子だし、きっとトゥエも彼の死を望まないだろうし…、どうにか話を付けてくるよ」
「…テロリスト集団に、話し合いが通じるのかよ」
「…彼の言い分を何も聞かず、片づけてしまっても、こちらも後味悪いだろ?それだけだよ、ジョシュア。君と同じ。誰だって、自分でもどうにもならないジレンマや想いを、どうしていいのかわからないでいるんだよ。だからって、俺がそれを理解してやるかどうかは、別の話なんだけどな」
「…」
「じゃあ、行ってくる」
「あ、アーシュ、僕…」
「大丈夫だよ、スバル。おまえは、この船の中じゃ、俺の次に強い魔術師だ。本当だぜ」
「…」
僕は無意識にジョシュアの顔を見た。ジョシュアは信じられるかよ、と言った顔をしている。僕もそう思ったけれど、アーシュのドヤ顔を見てたら、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまった。
「わかったよ、アーシュ。ここでトゥエとジョシュアを守って、君を待ってる」
「頼んだよ」
片手を上げ、黒のマントを翻らせ、アーシュはゆっくりと、甲板から舞い上がる。
僕もジョシュアも…銃を持った周りの兵士みたいな奴らも、一応に、ゆっくりと優雅に飛ぶアーシュの姿に、見惚れていた。
僕はあわてて、携帯魔方陣をポケットから出し、空に投げた。トゥエとジョシュアと僕を包むように、透明な膜のようなものが、僕たちの前に降り注ぐ。
ジョシュアはトゥエを甲板に下ろし、両腕の中に抱き寄せた。
「トゥエ、どうか、アーシュを見守っててください。あいつはやんちゃだから、何をしでかすかわかったもんじゃない。でも…俺じゃあ、何の役にも立てないんだ……」
トゥエに話しかけるジョシュアに、僕は彼の真の心に触れた気がした。
そして、アーシュが彼を信頼する意味も…
トゥエもジョシュアも僕も…みんな、アーシュを愛しているんだね。
それぞれの愛の意味は違っていても、アーシュが大好きで、彼の傍にいたくて、彼の役に立ちたくて、彼を守りたくて…
とても…とても大切な存在なんだよね。
「ジョシュア、僕、頑張るからね」
トゥエを抱きしめるジョシュアの手に、僕は自分の掌を重ねた。
少しだけ驚いたジョシュアは、「ああ、頼りにしてるぜ」と、笑った。




