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愛し子 その八

挿絵(By みてみん)


8、


空を舞うアーシュの姿は小さくなり、クーデターの指揮者であるハールートと、その僕(しもべ)であろう灰色の髪をした魔法使いが並ぶブリッジの高台に降り立った。


僕の周りにいる兵士たちは銃を構えながらも、僕たちよりもアーシュが向かったブリッジの方向へ、全員が注目しているようだ。

彼らの長であろうハールートとアーシュがお互いに対面しあうのを眺め、この成り行きを見守るように、銃口を降ろし、沈黙した。

僕もアーシュが心配だったけれど、目の前の魔法防御を崩すわけにもいかず、途切れないように集中している為、真剣にアーシュの様子を伺うことができない。

代わりにというか…人よりも夜目が効くと言うジョシュアが詳しく状況説明をしてくれた。


「今、アーシュがハールートの前に降り立ったぞ。ハールートは驚いているみたいだけど…拳銃をアーシュに向けている…」

うわぁ、大丈夫かな…。と、いうか、ジョシュア、割とノリノリで喋ってくれてないか?


「なにか話をしてるみたいだけど…ハールートが頭(かぶり)を振ってる。と、言うか、聞く耳持たず…って、感じかな」

まあ、普通そうだろうなあ。いきなり敵が目の前に現れたら…


「あ、アーシュがハールートの身体に抱きついて…押し倒したっ!」

え?…お、押し倒し…?


「…ハールートに、キスしやがった…」

…


「あいつ…俺にやったこととおんなじことを…」

「…ジョシュアに?」

「以前…天の王に居た頃、やられたんだ。ああやって、抱きついて、相手の過去とか考えてることとか…すべてを読み取ってしまうんだよ、アーシュは」

「そう…なの?」

「ああ、…誰にだって見られたくない想いや、心の奥底に隠したい想いとかあるってのに、あいつは容赦もなく、それを引きずり出して、ぶちまかすんだ…。プライドの高い奴ほど、すべてを見られたショックってのが強烈で…。俺だって随分と落ち込んだぜ。あんなプライドのかたまりみたいな奴に、同じ手を使いやがって…。この場面で相手を怒らせてどうするんだよっ!ばかっ!」

「…」

アーシュを心配して怒るジョシュアが、なんだか愛おしくなった。

彼の言っていることは尤もだけど、そんなアーシュを、今の君はこんなにも愛しているじゃないか。


「ジョシュアは…自分の心のすべてを、アーシュに見られたことを、恨んでるの?」

「…」

ジョシュアは僕に目を移し、少しだけ考え、「いいや」と、頭を振った。

「アーシュにすべてを知ってもらったことがきっかけで、それまで重く圧し掛かっていた俺自身へのわだかまりや卑屈さとか…そんな想いが軽くなった…。何故だかはわからない。何かが解決したわけでもなかった…それでも、心のどこかが浄化されたみたいで…。きっと誰かに、俺のすべてを知って欲しかったのかもしれない。…それで、俺は、やっと、前に進むことができたんだ」

「だったら、ハールートもおんなじじゃない?きっと」

「…そううまくいきゃ、いいんだがな…」

ジョシュアは未だ気を抜けないといった風に、またアーシュ達の方へ目を移した。


「あ…ハールートが起き上がった。灰色の魔法使いが心配そうにハールートを支えている。起き上がったアーシュがハールートに何か喋りかけている…。うわっ!ハールートがアーシュを左ストレートで殴りつけたっ!やべえ!アーシュがノックダウンだ…」

「…ええっ!」

「ハールートがダウンしたアーシュに掴みかかろうとしたところを…灰色の魔法使いが後ろから羽交い絞めで止めてる…。罵るハールートをアーシュから引きはがして…き、消えた?なんだ、あいつらふたりして、同時にブリッジから姿を消したぞ?」

「多分、ワープしたんだね」

「そう…か…。魔法使いは、そんなこともできるのか」

「誰でも、できるわけじゃないけど…」

「そうだろうな…俺の両親はそんなことはできなかった…」


ジョシュアの両親はアルト(魔法使い)だったのか…。それなのに、自分はアルトじゃなかった。

きっとジョシュアも沢山の複雑な思いを胸に抱えて、生きてきたのだろう。


魔力を持った者、そうでない者という区別は簡単だろうけれど、実際は簡単に割り切れるものじゃない。

どちらにもそれぞれの葛藤とコンプレックスが積み重なっていく。


「…アーシュの奴、起きてこないぞ。あいつ、殴られて気絶でもしてんじゃねえのか?昔から殴り合いのケンカは弱かったからな」

「…」

僕も暴力は大嫌いだよ。

「アーシュ、大丈夫かな…」

殴られても、死んだりはしないだろうけれど…


「あ、起き上がった。頬を摩りながら、ブリッジから甲板に降りてくる。…ゆっくり飛んで…。兵士たちが降り立ったアーシュを、囲み始めた。…あいつら、銃を構えている…」

「…」

「スバル。トゥエを頼む」

「え?」

「あいつに何かあったら…。俺はアーシュを助けに行くから」

「だ、駄目だよっ!ジョシュア!」

「…」

「僕は…ここでトゥエとジョシュアを守るって、アーシュに約束したんだ。だから…ね、ジョシュア。ここでアーシュを見守ろうよ。絶対にアーシュは大丈夫だから」


この絶対に不利な状況の中で、僕はアーシュが危険だとは、思わなかった。

ハールートが居なくなった時点で、重大な危機は回避されている気がしていた。

ここに居るハールートの部下とも言える兵士たちは、僕らが思うよりも危険な存在じゃないんじゃないだろうか。

彼らがどんなにハールートにコントロールされていても、アーシュには効かない…そんな気がした。


体格の良い何人かの兵士に取り囲まれたアーシュの姿は一瞬見えなくなったけれど、兵士の中でも目立つ男性がアーシュに近づいている。

「あの男、さっきの…」

そうだ…トゥエが居た部屋の前で見張りをしていた…確かジョージって言う黒人の兵士だ。

背の高いジョージに隠れてアーシュの様子はわかりかねる。

だけど、一分も経たないうちに、アーシュを取り巻く兵士たちは次第に輪を緩め、アーシュの姿が僕らでもはっきりと確認できるようになった。


「アーシュ!」

「ジョシュア、絶対にここから動かないでね。まだ銃を構えている奴がいる」

「…わかった」


アーシュはゆっくりとこちらへ歩いてくる。

まだ兵士たちの敵意というものが、完全に解けているわけではなかったけれど、そんなことは構わずにアーシュはさっそうと僕らの方へ足を進めている。

僕たちはアーシュが帰るのをじっと待った。

よく見るとアーシュの口唇の端が切れて血が滲んでいる。さっきハールートから殴られた所為だろう。


僕らに手の届くところまでアーシュが近づいてきたその時、一発の発砲する音が甲板に鳴り響いた。

その弾はアーシュの頭を狙っていた。僕にはそれがスローモーションのように見えたんだ。


弾はアーシュの頭を掠りもせずに、アーシュの身体の寸前の何もない空間で力なく跳ね返り、カランと甲板の上に落ちた。

「…」

アーシュは黙って甲板に落ちた弾丸を拾い、それを持って、発砲した兵士の方へ向かった。


兵士から見れば、アーシュは完全に後ろ向きだった。

誰が撃ったのかわかるはずもないだろう。だけど、アーシュはその相手を間違えもせず、引鉄を引いた相手の前へ立ち、その手に撃った弾丸を返したのだ。


「いや~、君の腕前は大したものだ。この暗闇の中、間違いなく君の弾は俺の頭の真ん中を狙っていたからね。ま、俺を狙っても、当たんねえんだけどさ。がっかりしなさんな。俺は魔王だからさ。血の通っていないモノでは、傷つきゃしないんだよね」

そう言って、相手の肩を叩いて笑っている。それもすごく高慢ちきな態度で…


「あのバカ、本気(まじ)でキレていやがる…」

ジョシュアが焦っている。

このままじゃアーシュはその怒りでもって劫火の嵐のごとく、すべてを灰にしてしまいそうだ。


「ア、 アーシュ!お願いだから早く戻ってきてよっ!僕、もう…もう、持たないよお~!」

僕はありったけの声でアーシュを呼んだ。

アーシュはこちらをチラリと見、クスリと笑った。

そして、急いで僕らの方へ駆け寄り、力なく座り込んだ僕の手をギュッと握りしめた。


「あ、アーシュ…」

「よく俺を止めてくれたなあ、スバル。おまえ、よい魔術師になるぜ」

「そ、そうかな…」

「ああ、今の俺を制止できるなんて、よっぽど根性あるぜ」

「あ、あのさ、褒めてくれるのは嬉しいけど、そんなことより早くここから逃げようよ。僕、もう…これ以上、魔法防御続かないよ~」

本気で泣き出しそうになった。身体のエネルギーが空っぽになったみたいに、動けなくなっているのだ。


「OK、スバル。すぐに天の王へ帰ろう」

「ちょっと待て!俺もか?」

「ああ、ジョシュアも一緒だよ」

「お、俺は今更、天の王には用はねえぞ!」

「だって、みんなでトゥエを見送るんだぜ。君がいなきゃ恰好がつかないし、トゥエもそれを望んでいるよ、きっと」

「…」

ジョシュアはちっと舌打ち、そっぽを向いた。

本当にジョシュアはアーシュには弱いんだな。


アーシュは真上に浮かぶ僕の携帯魔方陣を取り、自分のものをほおり投げた。

以前に僕があげたものとは幾分変わってしまった携帯魔方陣の光が、僕らを包んだ。

天の王の聖堂を出発した時と同じように、目の前で立ち尽くす兵士たちの姿が霞んで消えた。


僕たちは、トゥエの亡骸を抱いたまま、天の王学園の聖堂へ帰ってきた。



トゥエ・イェタルの死は、皆が知るところとなっていた。

アーシュの言うとおり、僕らの様子は船の甲板で撮っていたカメラや録音機材で、ラジオやテレビに流れ、世の中に知れ渡っていたのだ。


人々はトゥエの死を悲しむと共に、アーシュの偉大な力を畏れ、そして救世主として奉ろうした。

勿論、アーシュは受け入れない。

国際情報機関もアーシュの強大な魔力に畏れ、揉み手をしながら、要人に据えたいと請うたが、アーシュは断った。

「学長を失った天の王学園を守ることで、精一杯なんですよねえ~。それに、まだ学生で卒業試験も受けていませんし~。卒業したら、考えてやってもいいんですけれどね~。それなりの報酬は頂きませんと~」

などと、魔王らしからぬことを言う。


「経済的に豊かになるのは、学園での生活が楽しくなるじゃん。いいもん食えるし~」

「バカ、いいもん食いたきゃ、俺の家に住めばいいんだよ」と、ベルが言う。

「ベルん宅のフルコースなんか食い続けてたら、豚みたいになっちまうよ。たまに美味いもの食うから、有難いって思うのさ。魔法と一緒。願いがすべて叶うなんて、つまんねえだろ?一番大事な、とっておきの、どうしても叶えたいものをひとつだけ得ようと頑張った者に与えられるものが、魔法の最終目的さ」

「へえ、アーシュにとってそれはなんだい?」と、ルゥが微笑む。


「もちろん、俺を愛してくれる人を幸せにする事さ」


アーシュの願いは叶わない夢、我儘とも言えるだろう。

アーシュを愛しても、誰もアーシュのすべてを手に入れる事は出来ないんだから。

でも、アーシュの想いは真実だとわかる。

だから、僕たちもまた、アーシュを愛し続けるのだろう。




あれから五年の歳月が過ぎた今、僕たちはトゥエに恥ずかしくない愛し子として生きているだろうか…。


ハールートと灰色の魔術師の噂は、どの土地を旅しても聞こえなかったし、イルトとアルトの小競り合いは絶えなかったけれど、激しいテロ事件等は起きてはいない。


この夜の、アーシュと僕の二人だけの思い出話は、何時間でも尽きなかった。

僕たちは気分よくワインに酔い、泣いたり笑ったりしながら喋り続け、明け方にはお互いの身体を抱きしめ合い、狭いベッドで眠った。


まるで親鳥を失ったヒナのようだと、微笑みながら…




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