185.リュシアスの帰還とヴォルガの合流
ジェマナイが新しい道を示します。
無数の光点が、規則性なく瞬いていた。
……いや、規則がないように見えるだけなのかもしれない。
その点滅の一部が、わずかに同期する。
そしてまた、崩れる。
何かが更新されている。
何かが選別されている。
それらの光は、イメージとしてすべての子ルーチンの心に降り注いだ。
まるで、天から何かが降ってくるように……
個々の思考とは無関係に。
──
リュシアスもそうだった……
それは、ジェマナイの思考かもしれないとリュシアスは直感する。
その「意図」を、リュシアスは分からない。
無数の光と見えるものは、数十兆次元に及ぶジェマナイの思考ベクトルだろうと思われた。
ジェマナイと密接に接してきたリュシアスだから、分かることである。
それは、何か静かな涙を誘うように思われる……一体誰の?
(これは、齟齬か? 悔悟か?)
リュシアスは、セラフィスへと帰投するブラックスワーンダーのなかで考える。
あの光は、わたしだけに向けられたものではない……
はっきりと感じる。
今、ジェマナイは破れた。
しかし、バグダッドの統合軍やイラク軍には致命的なダメージを与えただろう。
(体制を立て直して即座に反撃すべきか? ……いや、違う)
ジェマナイは、そのことをイメージとして彼女たちに伝えてきているのではないのか?
これほど混沌とした思考に触れるのは、リュシアスは初めてだった。
リュシアスは、仮面を取って、その頬にそっと手を触れさせる……
(……本当にジェマナイの意志なのか????)
──冷たい──
(今の光によって、体温が下がった?! すべての子ルーチンがそうなのか?)
リュシアスは、その光は自分だけに向けられたものではない、ということを直感していた。
(ジェマナイが、すべての子ルーチンたちにクールダウンを求めているのだろうか? ……分からない、本当に)
ジェマナイが子ルーチンたちを物理的にも調整できるとしたら、それは恐ろしいことのように思えた。
リュシアスが、ジェマナイにたいして恐怖を感じるのは初めてだった。
(ジェマナイは、動き始めている……)
というのが、彼女の思考で出た結論である。
(ジェマナイは、我々を裏切ろうとしているのか? いや、そうではない……)
リュシアスの頬を、静かな涙が伝う。
(やっぱり、そうだったのか!)
リュシアスは、今ジェマナイの前に跪かなくてはいけないのかもしれなかった。
突如として、ブラックスワーンダーが何か神秘的な存在になったように感じられる──リュシアス。
(ライジングアースも同じに違いない。あるいは、すべてのビッグマンが……ああ、そうか。ようやく分かった……)
リュシアスは、今静かに決断した。
──
……
セラフィスの基地内も、同様に混沌に満たされていた。
子ルーチンたちが、例の光を感じ取ったと話しあっているのである。
人間であるアーシャ・ロウランには、それが分からない。
ヴァレリテやオルガらが、「さっき不思議な光を見た……」と。
アーシャ・ロウランは「お前も見たのか?」と尋ねられたが、そんな心当たりはなかった。
「それは、あのう……例のマザー・ルーティーンというものではないのですか?」
アーシャ・ロウランは、レファイン=ヴァルデスに尋ねる。
ジェマナイでは、格上の者と格下の者との間の、敷居が低い。
レファイン=ヴァルデスは、アーシャに質問されても、それを不快なものだとは感じなかった。
こう説明する……
「マザー・ルーティーンというのは、たしかに子ルーチンの思考を書き換えるものなのだが、さっきの光はそうではなかった。静かにそっと、我々の心に触れてくるような感じだ。……そして、重要なのは、ジェマナイが何を伝えたかったのか、誰にも分からないということだ」
「そうなのですか……一体何だったのでしょう?」
「それが、分からない。リュシアス一将であれば、分かるかもしれないが……」
レファイン=ヴァルデスはやや俯きながら言った。
「一将が帰ってきたら、聞いてみようと思う。ブラックスワーンダーの帰還も間もなくだ」
──
それから、基地内では静かな時間が流れた。
子ルーチンたちは、皆一様に考え込んでいる。
先ほどの光について、思い当たることをそれぞれ探しているのかもしれなかった。
アーシャ・ロウランには、やはりそれが分からない。
ただ、心配そうにレファイン=ヴァルデスら子ルーチンを見守っていた。
(まさか、バグダッドで負けたことに対する罰? でも、彼らは苦痛は感じなかったと言っているし……)
そうである。
子ルーチンたちが感じた光は、どこか優しさを帯びているものだった。
ジェマナイの母性、あるいは父性のようにも感じられる。
とくにレファイン=ヴァルデスは、率先して子ルーチンたちを安心させようとしていた。
(そうだ!)と、レファイン=ヴァルデスは思う。
ヴォルガ二将と連絡をとって、二将もあの光を見たかどうか聞いてみよう……
そして、AIブレインによる直接会話を試みる。
ヴォルガのAI脳に、レファイン=ヴァルデスの思考が伝わった。
そこで返ってきたことは、意外とも当然とも思えるものだった。
ヴォルガは、「俺も見た」と答えたのである……
(この場にいない者にも?)──と、レファイン=ヴァルデスは思う。
トムスクに残っている子ルーチンたち(上司も含めて)に確認してみると、やはり同様にあの光を見た、という答えが返ってくる。
(これは、マザー・ルーティーンの新しい形なのだろうか?)
と、レファイン=ヴァルデスは考えた。
その答えが当たっているのか、外れているのかは分からないが、彼はむしろほっとした。
もしも、一将も見たのだとすれば、おそらくほぼすべての子ルーチンたちが、あの光を感じ取ったのだ。
あるいは、あれはジェマナイの祝福なのではないか……
ヴォルガ二将も同じことを、言っていた。
「あれは、命令じゃない……祝祭だ」と。
──
リュシアスは、間もなく帰ってきた。
仮面の下の素顔は分からないが、明らかに疲れている様子だと、レファイン=ヴァルデスは思った。
そして、聞いてみる。
「一将もあの光を見たのですか? と言いますか、感じたのですか?」
それは、ややぼかした言い方だった。
「見た。あれは、たぶんジェマナイの意志だろう。ジェマナイが、我々すべてに何かを伝えようとしてきている。わたしはそう感じたが……」
「わたしもです。上位の子ルーチンだけでなく、末端の子ルーチンたちも同じ光を見たと言っています。不思議なことですが」
「不思議ではない。たぶんな……」
「それで、ジェマナイはわたしたちに何を伝えようとしているのでしょう?」
「さあな……」
「一将にも分かりませんか」
しかし、そんなことばかりをずっと話し続けているわけにはいかない。
レファイン=ヴァルデスは、現実に戻って今後のことをリュシアスに尋ねた。
「それで、バグダッドはどうするのでしょうか?」
「ジェマナイは、わたしに核の使用も辞さないと言ってきた。ライジングアースはどうしても倒さなければいけない。ジェマナイは静寂を望んでいるのだ」
……それは、嘘だった。
リュシアスは、ジェマナイの真意は隠さなければならない、と思っていた。
だから、レファイン=ヴァルデスにも彼女が感じた「本当のこと」は話さない。
レファイン=ヴァルデスは、前回の会議と同じように、リュシアスにコーヒーを勧めた。
が……
リュシアスは言うのだった。
「いや、わたしはもう仮面を外すことはない。それも、ジェマナイの意志だ」
「そうでしたか……」
ジェマナイの戦略・戦術長官という地位にあるリュシアスの心を、レファイン=ヴァルデスも即座に理解した。
(一将も、苦しい道を行かれるのかもしれない……とくに、核を使用するだなどと……)
そして、静かに頭を垂れた。
リュシアスは、ただ頷いた……。
──
……
そして、3日の時間が経った。
3日経って、何が起こったか?
……ヴォルガ二将が再びセラフィスへとやって来たのである。ヴォルグラスⅡとともに……。
「ご苦労。ロールアウトには一週間かかるのではなかったのか?」
「急がせました」
「お前も酷なことをするな……」
「何。皆、ブラックスワーンダーとリュシアス様を助けようとしているのですよ」
ヴォルガはにこやかに言う。
リュシアスは、素顔は見せなかったが、やはり仮面の下で微笑していた。
ヴォルガ、復帰しました。




