109.バグダッド攻防戦(12)
ジェマナイの作戦会議です。
それより少し前……
ジェマナイの実質的なリーダーであるリュシアスは、味方の子ルーチンにたいしてジェマナイのAIネットを介した通信を送っていた。
作戦会議……というものは、ジェマナイではめったに開かれない。
それぞれの子ルーチンは、ジェマナイの出力した演算結果に基づいた行動を取る。
それは、ジェマナイのAIネットを介して行われ、命令系統もそこで一貫したものとなる。
すべての管轄権は統合知性体であるジェマナイが握っているのだ。
だが、今回は違った。
子ルーチンそれぞれは、独自の思考も持っている。
そこで、ジェマナイとの齟齬が生じることもしばしばなのである。
そのために、リュシアスはAIネットを介した通信で、現在の戦況とこれからの作戦について確認した。
「ヴォルガ二将。敵の現在の戦況について報告してほしい。ライジングアースはもう到着したのだったな?」
「は。ライジングアースは、今日の深更にバグダッドに到着した模様。その航路については、サテライト群がクラッキングされていたため、正確には把握できていませんでした」
ヴォルガは、柄にもなくかしこまって答える。
この作戦が、ジェマナイにとって重要なものだということは、彼もよく理解している。
「過程については良い。重要なのは、今何がどうなっているのかだ。ライジングアースは敵戦力として機能しているのだな?」
「機能しています。ジェマナイによる分析では、囮として独自行動を取ってくる可能性が高いと」
「それは、わたしも認識していた。敵は人間だ、AIではない。とすると、作戦は忠実に実行される可能性が高い」
と、リュシアス。
「あなたのおっしゃる通りですね。一将。敵は我々の拠点に攻撃をしかけてくるでしょう」
「15体のビッグマンを相手にか?」
と、怪訝になってリュシアスは尋ねる。
「それもあり得ます。あのユーマナイズという武器があれば」
「しかし、こちらも量子かく乱フィールド発生装置などで対抗策は講じている。それが敵側に漏れている可能性は?」
「漏れていなくても、即座に認識されるでしょう。こちらの防御手段も一時的なものです」
「そうだな。ライジングアース単体の戦力がどれくらいか、ということが問題だ」
「戦力としても、ライジングアースは手ごわいです。さすがに……」
「ああ。パイロットとコパイロットも優秀なようだ。それは南極の件でわたしも認識している」
「それでは、ライジングアースの激劇には精鋭を向かわせるべきかと思います」
「それで良い。貴官とセラフィアで対処してほしい。わかったか?」
「了解しました。健闘を祈りましょう」
それで、リュシアスとヴォルガとの対話は終わる。
次は、セラフィアである。
「セラフィア、例の声はまだ聞こえるのか? 作戦に支障が出るようなら、後方支援に回すが?」
リュシアスが尋ねる。
「いいえ、まだ……」
「なら良い。お前には、ヴォルガと合流してもらう。無人機もつける」
「ヴォルガ二将とですか? わたしは……」
「不満か? ヴォルガの援護をするなどと?」
「いいえ、そんなことはありません」
セラフィアが答えると、ヴォルガはひゅーっと口笛を吹いた。
単騎で行くのがヴォルガのいつものやり方だとは言え、ライジングアースが相手なら援軍はいたほうが助かる。
ヴォルガは勇猛ではあっても無謀ではないのである。
「よろしく、セラフィア三将」
と、礼儀正しく言った。
セラフィアは無言でうなずいた。
ところで、今この瞬間リュシアスは声しか聞こえていない。
「パスタヤーンストヴァ」と仮に名付けたその駐屯地で、ヴォルガ以下の将校や士官たちは円形の大きなテーブルを囲んでいる。
そのテーブルの中央には、MVによるバグダッドとその周辺の地図が映し出されていた。
そこに向かって、ヴォルガは小さな3つの石を取り出して投げた。
それが、ヴォルガ、セラフィア、ピエタの布陣する地点である。
それぞれ、2マイルの間隔をとった三角形になっている。
そして、もう1つの石をその真ん中に投げ込む。
それが、ライジングアースを誘い込むべき地点である。
ライジングアースの誘導には無人機を使う。
どうやら、ライジングアースは単騎で行動するらしい、と工作員からの連絡が入っていた。
イングレスαの援軍を頼んだ場合、ユーマナイズが使えない、という理由からだろう。
とすると、ライジングアースはユーマナイズを使ってくる可能性が高い。
その攻撃方法を「ユーマナイズ」と呼称していることは、バグダッドへと乗り込む直前にわかった。
英語の綴りにすれば、「HYU-MANIZE」である。
この攻撃方法は、統合戦線の市民たちにはすでに知れ渡っているが、恐れている者たちも存在する。
現に、昨日のアレキサンドリアでの戦いでは、市民の間にテロルが起こったらしい。
まるで、ライジングアースは小さなジェマナイだとセラフィアは思った。
ヴォルガは、無言で考えこむ。
饒舌ではないヴォルガは珍しかった。
しばらく沈黙した後、ヴォルガは言った。
「HYUってなんだろうね?」
セラフィアは、何かに触れたように押し黙っていた。
……
ヴォルガ、セラフィア、ピエタの3人のビッグマンはそれぞれ徒歩で騎行した。
ビッグマンの足が大地を踏みしめるたびに、砂塵が舞い上がる。
ヴォルグラスのメインカメラ上部には、自動的に超音波で異物を洗い去る装置が取り付けられていた。
それが、ヴォルグラスの角のように見える。
「今度は僕が敵の視界を奪う作戦に出てみようかね?」
ヴォルガは、コックピットのなかでつぶやいた。
すっかりくつろいでいるのは、戦闘の高揚感の逆の表れのようだった。
セラフィアから通信が入る。
「ヴォルガ二将、リュシアス様からうかがったのですが……」
「なんだ?」
と、ヴォルガ。
「二将は、この作戦が終わったら一将に昇格するそうです」
「ふうん。僕が一将にね? で、それがどうした?」
「リュシアス様は、この作戦を必ず成功させるように、とあなたへのお達しかと思われます」
「なるほど。作戦会議では気をつかって言わなかったのか、あるいは忘れていたのか……」
「ライジングアースは強敵です」
セラフィアは、プライムローズとブラックスワーンダーでライジングアースと戦った2回の記憶を思い出していた。
ために、強い口調で言う。
(ヴォルガ二将はまだあの光を浴びていない……あれがどこまで作用するものなのか)
セラフィアは、プライムローズのコックピットのなかで不安げに考えこんだ。
すると、
「ま、なんとかなるさね」
ヴォルガが軽く答えてきたのだった。
セラフィアは、かるく眉根を寄せる。
ヴォルガは、突然ふふふと笑った。
セラフィアの見ているモニタに、そのヴォルガの笑みが映っている。
「僕もね、リュシアス一将から聞いているんだ。今回はライジングアースは鹵獲しなくても良いと。……破壊して良いってね?」
セラフィアははっとした。
それは、パイロットを殺すということだ。
自分もあの時、南極で彼らを殺そうとした。
不穏な考えが、セラフィアの胸をよぎった。
そして、そのことをヴォルガに伝えることはしなかった。
ビッグマンの足音が荒野に響く。
間もなく作戦開始である。
ヴォルガが悩んでいます。




