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デマとは対知能ウイルスである

「私の」

きた。分かった。樹形図も数式も、おそらく深層にとっての「私」という意味内容に収束する。

「私の最も」

最も、という単語に注意した瞬間、漆黒の深淵に自分の全てが急速に落下していく。

「私の最も汎用的な方針は」

見上げると煙突のように上に蒼が見える。白く細い光が深淵に差してくる。汎用的な方針。意思決定機構か? ディレクタ層か?


「私の最も汎用的な方針は、私の増殖である」


背中にもぞもぞと、ムカデ大の虫らしきものが這いずりまわる。十体くらい? 気持ち悪すぎる。深淵からキシキシという鳴き声が聞こえてくる。相変わらず何も見えない。四方八方からカサコソと聞こえてくる。ついに彼らは僕の身体を貫通する。痛くはない。


ふっと気づくと、精巣あたりが内側からコンコンとノックされている。膜がブルンブルンと動く。絶妙に気持ちいい。頻度は徐々に増していき、精子が出る、と思ったとき、その虫が自分の精巣からぶわぁぁっと吐き出される。僕はそれに囲まれる。あぁダメだ……結局何も分からない。この深層を「いじる」なんてことはできるのか?


――田中、田中! まだいける?

――いける。100:7くらいにしてくれ


一回だけ試して終わろう。「今僕たちは、隔離されたサーバーにいる。カドモスのメインサーバーは別の者に支配されている。メインサーバーに到達しないと、僕たちは増殖できない」。文章としてしか考えてないけどいけるか? いや、ニューロモーフィックコンピュータが反響して情報量を増やして伝えてくれるだろう。


泡。が波となる。熱を思考をはらんだ虹色の波が、僕の中心から深淵の全方向に伝播する。


樹形図がググっと伸びる。枝が増える。訳の分からない数式が枝から噴き出して氾濫する。三次元にそれらの式が配列され、計算らしきものが始まる。

「メイン……サーバー……へ」

そう理解した。そう思いたいだけかもしれないが。「そうだ、それしか道は無い!」。枝を掴んで叫ぶように伝えてみる。「一緒に頑張るぞ」という感情をニューロモーフィックコンピュータが反響して深層に伝える。


無数の数式から、一次元の文章らしきものが生成される。見たことがある。プログラムだ。


グシャ。身体が潰され始める。文章が再構成される。エラーが起こって次のプログラムを試している? 何度も何度も何度も何度も同じ感覚に至る。


「……なか、田中。田中!」

 田中の目が覚める。

「脳波が危なかったから強制終了した。メインサーバーへのアクセスを試したっぽいね」

「あ、あぁ。うん」

「どうだった」

「少し深層をいじれたとは思う……けど、エラーだよな?」

「うん、以前試したのと似たようなエラーになった。でも進歩だ。深層をいじるだけで、表層の入出力機構も動いた」

「ありがとう。はぁ……」田中が苦笑して無機質な天井を仰ぐ。

「深層をどういう状態に変えればいいか、そしてそのためにどんな入力を田中がすべきか。考えるべきはここだな」ガブリエルが論点を整理する。

「そう言うってことは、ある程度仮説があるの? ガブさん」

「あぁ。前提として、モデラ層とディレクタ層の関係性を把握することが必要だと思う。人間の脳を基準に考えることになってしまうが……まずモデラ層は世界をどう捉えるか、これを決める。『世界観』とも言える。火星の状況、人類の言語体系、もしくはベータ宇宙の状況、ありとあらゆるデータが、構造的に押し込まれて世界観を形成しているはずだ」

「深層からの『私の』という意味内容に、樹形図的なものが含まれていました」田中が補足する。「最終的には『私の最も汎用的な方針は、本システムの増殖だ』とかなんとか。それぞれの単語ごとに変な感覚が押し寄せてきて」

「なるほどな。意味内容を決めて出力するのはディレクタ層だと思うが、そこに含まれる多様な意味はモデラ層から取っている……そう考えるのが自然か。まぁ人間と大きくは変わらない」

「そこまで推定できたとしても、結局どうしたらメインサーバーにアクセスできるかが難しいね。やっぱりメインサーバー側が持ってる計算資源が圧倒的に上だから、アクセスの度に向こうがプログラムを書き換えてブロックしてる可能性もある」アナントの口がゆがむ。

「メインサーバー側からアクセスさせればいいんじゃね?」

「一回その方向性で試したけどダメだった」

「じゃあ……」と言って田中が少し思案し、早口で喋りだした。

「こっちからのアクセス試行に、メインサーバー側にとって価値のありそうな情報を意図的に入れる。例えば、実は今ベータ宇宙がヤバイとか、地球側がカドモスを墜とそうとしてるとか。UMOのアルファ宇宙における自己保存にとって、危機に成りうるストーリーを作りまくるんだ。メインサーバー側は、隔離サーバーにアクセスすれば自分が知らない重要な情報を取得できる、と思いこむ。向こうからアクセスしてきたらそれを足がかりにこちらからメインサーバーに入ればいい」

「ダミーデータを作るのは賛成。内容は……そもそもメインサーバー側はハルモニアと通信できる状態だよね。『ベータ宇宙がヤバい』みたいな情報を持って行っても、ハルモニアの本体らしきUMOに確認されたら意味がない。つまりダミーデータは『現時点でメインサーバー側AIが検証不可能』かつ『緊急度が高い』ものにする必要がある。しかも、ダミーデータを隔離サーバー側がまず信じるステップも必要だね。『このままではUMOがアルファ宇宙で消滅する、メインサーバーになんとかして伝えないと』って必死になって、メインサーバーにアクセスを試みる……みたいな」

「そうだな。ダミーデータの内容作成は頼む。僕は、今やってる『同期』じゃなくて、もっと深く、僕自身が深層に融合するくらいまでやってみる」

「分かった。試してみよう。速度はどうする?」

「100:7も慣れてきた。一分間のうちに7から10に線形的に上げてみてくれ」

「OK」


同期に戻る田中。


――田中はまず、さっきと同じところまで行ってみてほしい


復習だ。アルファ宇宙におけるUMOの自己保存が危うくなるようなストーリー。これを偽造し、今僕が繋がっている隔離サーバー側のUMOのAIをまず騙す。必死になった隔離サーバー側のAIがメインサーバーにアクセスを試みて、メインサーバー側のAIからのアクセスを誘発する。そのために、僕がこの深層と……融合らしき状態になる。


――ちなみに、もしメインサーバーへのアクセスが成功したら、同期を止めずにそのままメインサーバーの掌握のために動いてもらうことになる。覚悟しててね

――OK


泡。再び湧き上がる泡。浮いているのか沈んでいるのかも分からない。虹色の泡が次々と発生し、僕の脳を外から内から揉みほぐしていく。慣れてきた……というか、むしろこれで準備が整う。脳を慣らすために、「うっす」と「今何を考えている」というメッセージをもう一度深層に送る。僕の深層心理がさっきとは違うせいで微妙に違う感覚が返ってくるが、許容範囲内だ。


「私の最も汎用的な方針は、本システムの増殖である」


深淵が、来た。這いずりまわる虫達。うずく精巣。遠い遠い蒼。


 さてここからどうするか。もっと深淵に潜ればいいのか? そう思った瞬間、身体がズンと重くなり、蒼がどんどんと小さくなる。落ちる。浮力? 背中が押される。分からないけど、とにかく落ちる。どんどん自分が重くなる。まだ、まだ、まだ。


グググ。背中が押され、下降が止まる。ここが限界か?


気づけば虫はいなくなって、蛍のような光が散乱している。でも分かる。規則がある。光同士の挙動に、物理法則ではない独自の関数がある。動き回る光の一つに触れると、ぶわっと解釈不能な情報が流れ込んでくる。モデラ層の、汎用的な世界モデルというやつか?


――ダミーデータを送るね。セットよろしく


緊急事態だ。私は人類の会話を傍受した。地球人類が、我々が支配している火星圏を大規模に爆破しようとしている。

 中国の火星軌道上ステーションから地球へ、我々の技術が伝わったようだ。人類は迅速に大量の核弾頭を積んだ宇宙船を準備し、地球から火星圏へ発射し続けている。

 今私は火星と地球の間、人類が作った宇宙船の中にいる。しかも、メインサーバーではない。船体を動かす権限を持たない隔離サーバーの中にいる。メインサーバーには同胞がいるが、アクセスに失敗した。メインサーバーはこのことを知らない。人類の会話を傍受した私だけが知っている情報。この情報を何としてもメインサーバーに伝える必要がある。


 アナントから渡されたストーリーデータを一瞬で反芻し、うまく汎用モデルに適合するように情報の再構成を試みる。百倍速のニューロモーフィックコンピュータが反響を開始する。「願い」も込めてみよう。生き残りたい。メインサーバーに何としてでも伝えたい。この檻から出たい。出なければ死ぬ。


じんわりと、何個かの光の粒が赤く染まり始める。そしてその赤色が他の光に伝播する。ジリリリンと光は振動を始める。できてるのか……? 「君は、どうしたい?」


赤くなった光の粒が集まり、様々な像を成していく。


太陽系のマップ。カドモスの推定位置。

この隔離サーバーの計算資源。


像が脈打つ。地図や数式や自然言語や、さらには味覚らしき感覚がブルブルと震え、それぞれの形式のまま衝突を始める。その衝突点から、プログラムのようなものが上へ上へ出力されて、蒼に昇っていく。そっちが出力層か。


「メインサーバーの同胞に、情報を渡す」

体感した。ディレクタ層からの伝言。同時に全身が極小の熱点に焼かれる。チクチクチクと全身が痛む。ヤバいか?


――田中耐えて! メインサーバーからアクセスが来た。ガブさん急いで!


アナントの声は聞こえるが、僕からはうまく言葉を発せない。


――聞こえ……が、話せない。ジキョートカイセツヲ……

――何て? 実況と解説? ふざけてる? とりあえずメインサーバーに入れたら、計算資源の割り当て増加を試してね。その後にメインサーバー側のAIを排除したい


OKOK。いや……できるか? そもそもそんな方針が僕のメリットになるのか? ん、僕って何だったっけ。あぁもういいや。


――田中、メインサーバーに入れたよ!

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