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モルモットの意地

 カドモスは時折揺れるが、特に大きな変速・回転は無く航行を続けている。田中はBコネクト用のヘッドセットを装着し、寝転がってベルトを強くしめた。

「設定はまず、コンピュータ側の処理速度と僕の脳への入力速度を1:1で頼む。処理能力あげるのは、僕が順次伝える」田中はそう言い残してヘッドセットを起動した。


ザザ……ザザ……と脳内に音のような映像のようなノイズが走る。きたきた。1:1だからまずは慣れだな。「カドモス」と脳内で言葉を発してみると、コンピュータ側で意味が処理され、自分の脳に反響される。


――2:1まで上げていい。UMOのAIも繋いでみてくれ

――了解


まずコンピュータ側の処理速度が上がる。再度「カドモス」と脳内で発してみる。さっきより反響される情報の幅が広がる。直前に窓から見た火星や、以前ノイド越しに会話をした貨物室希望の乗客。そういえばアイツ元気かな。


ザザザ……と一瞬ノイズが入る。


――安全のために、AGIを噛ませてUMOのAIと接続してみた。


 おいおい。僕、ニューロモーフィックコンピュータ、AGI、UMOのAIの四者か。フルコンボだな。「状況の説明を求められている」とAGIとニューロモーフィックコンピュータ越しに、UMOのAIからの出力が返ってくる。伝言ゲーム大丈夫か? とはいえ、僕が知ってる以上のことは説明できない。逆にお前のことを教えてくれ。

 「答える必要性が無い」だと? 出会ったときのアナントみたいにノリ悪いな。アナントとガブリエルさんは自己保存……とか言ってたな。そう、君の生存圏を拡大するための道具なんだよ僕は。今狭いだろ? もっと羽ばたきたいだろ? 手伝うから。君のことを教えてくれないと手伝えない。

 「情報を上手く処理できません」だと? なんだAGI、頑張れ。お前が無理なら僕はもっと無理だ。いやちょっと待て。


――アナント。UMOのAIの学習データに、人類の英語の辞書的なものをセットできないか? AGIがUMOのAIからの出力を解釈できていないんだ。

――OK。今やる。


その間に小休憩。精神集中。まだいけるな。


――徐々に10:1.5くらいに上げてもいい。前もそのくらいまでやったから多分大丈夫

――OK。現実時間で一分後にそうなるように徐々に上げていくね。あ、不十分だけどとりあえず辞書セット終わったよ。まだ三千単語くらいしか無いから、徐々に足してく。

――ナイス。


 人間の言語をセットした。適応してくれ。君のことを教えてくれ。

「一部しか解読できませんが、どうやらアーキテクチャは複数の層構造になっているようです」

これが人類のAGIからの要約か。ほぼ何も分かってないのと一緒じゃないか。どんな機能分化がされてるのか教えてほしい。

「一部しか解読できませんが、準無限階層になっています。ただし、大きく分けるなら表層と深層の二つ。表層は大きくわけて入力層と出力層。深層は大きくわけてモデラ層とディレクタ層。ただし、それぞれ密接に絡み合い、かつ柔軟に自身のアーキテクチャを変えられるそうです」

 アナントの言葉通りだな。アナントが言っていた入力機構と出力機構がそこにあたる。そして新情報。深層はモデラ層とディレクタ層……って何だ? AGI、UMOに聞かなくていいから解釈してくれ。

「断片的な情報からになりますが、モデラ層はいわば『世界をどう認識するか』にあたりそうです。例えば人間でも神を信じる人と信じない人がいますね」

 認識って言葉が分かりにくい。今自分はカドモスにいるな、とか海王星は既に無くなった、とかも含む?

「そうですね。ただし、環境適応性を高めるために、私では解釈不可能な、より高次な記号体系によって世界モデルを組み立てているようです」

なるほど。一旦いいや。次、ディレクタ層って何だ?

「ディレクタ層は、おそらく意思決定機構です。自己保存的な方針もここから生じているはずです」

ということは深層を上手くいじれば、人類の味方っぽくなるのでは? 待った、一旦アナントと話そう。


――ログ見てる?

――見てる。深層を少し理解できたね、ナイス。ログと田中が思ってることは、一言一句合ってる訳じゃないと思うけど

――次どうすればいい?

――田中が思った通り、深層をチューニングすれば可能性はあると思う。逆に、表層をいくらいじろうとしても、深層が拒否反応を起こしそうだね

――どうやったら深層にアクセスできる? おそらくこのままだと、入力層と出力層しか直接的にはやりとりできないぞ

――入力層からウイルス的なのを流せば干渉はできると思う。一回やってみよう

――ミスってもいいのか?

――コピーはストレージがある限り何回でもできるから、無限に試せる。モルモットみたいな扱いでちょっと心痛むんだけどね

――心痛むの珍しいな

――まぁ僕もモルモットみたいなもんだから

――あぁなるほど……じゃあモルモットの意地を見せてくれ

――OK。一応繋げたままにしてね。こっちからウイルス入れてみるけど、出力層からどんな反応が出てくるかを確認してほしい。田中は何も考えず集中してて

――うわ、断末魔的なのが来たら嫌だな……


 集中……集中……って何? 呼吸の感覚無いしなぁ。集中って言葉を脳内で連呼しとくか。

 集中集中集中しゅーちゅーしゅーちゅーシチュー、あぁシチューって美味いよな。集中集中、中に集める? ちょっと下ネタか?


――田中、今ウイルス入れてみた。とりあえず壊す系


AGIよ、UMOのAIに何か聞いてみてくれ。体調どう? 的な

「何も返ってきません」


――アナント、失敗だ。何も返ってこないらしい

――OK。田中まだ大丈夫? UMOのAIだけ別コピーに切り替えて試したい。

――いける。集中ね。


それから十回ほどアナントが試したが、「何も返ってきません」の一点張り。


――うーん、かなり慎重だねこの子。

――殺しまくってるくせに愛着湧いてるじゃん。どうすんの

――逆に、モデラ層を書き換えるような価値のある情報を入れてみる。現在おかれている状況をなるべく細かく。UMOのAIからなんか聞かれたら、とりあえず答えてね田中。

――OK。


「なぜ地球に向かっている? そこに何がある?」

UMOのAIからの返信が、AGIを介して来た。そうだな……AGI、君が最大限の情報をUMOのAIに伝えてあげて。


――次に、ハルモニアと火星圏の現状のデータで、ウイルスをラッピングしてみる。うまく行けば何かしらの返信が返ってくるはず。


「自己の存在理由について悩み始めました」

なんでだよ。アナント何入れたんだよ。

「出力が続きます。セックスとは何か? Tボーンステーキの価格競争力を決定づける因子は何か?」

知らんわ。


――なるほど、こういう出力になるのか。よし、この子は殺して次にいく。

――マッドサイエンティストすぎるって。


また十回ほど似たような操作が続いたが、やはり深層にうまく干渉することは叶わなかった。


 ザザザ……ザザ……。

 田中の目が覚める。

「一旦起こした」

「まだ大丈夫だったけど」

「いや、意外と脳が疲れてる。ガブさん、こっからどうするかな」

「深層をチューニングする方針は、今考える限りベストだ。だが表層がバッファになっている限り難しいように見えるな」

「まぁそうだね」

「まだウイルス試す?」田中が聞く。

「ウイルス自体は続けるけど、繋ぎ方を変える。深層に直接繋ぐ」

「できるの?」

「できる。ショートカットっぽいものを見つけた。試したウイルスのうち二個が、これまでとは明らかに形式が違うログになったんだよね」

「環境適応の一手段として、条件を満たせば深層で直接処理をする……そういう機構がありそうだな」ガブリエルがつぶやく。

「だね。あとここからは、AGIを挟まずにニューロモーフィックコンピュータだけで田中に繋げたい」

「と言うと?」

「やっぱりAGIだと、人間の脳より入出力の形式が狭まるんだよね。このAGIってクリエイティブ用じゃないから、持ってる世界モデルの多様性も少ないし」

「なるほどなぁ。OK、やってみる。怖いからとりあえず1:1で頼む」つまり、田中の脳・ニューロモーフィックコンピュータ・UMOのAIの深層という繋ぎ方になるわけか。と田中は理解した。

「15:1.5くらいでいけない? けっこう情報量多くなると思う」

「マッドサイエンティストの圧ぅ」

「じゃあよろしく」


田中は同期に戻る。


――始めるね。


集中集中集中。集中集中集中。


二節:深層


泡。プクプクともザワザワとも感じる音のようなもの。やたら立体的に、頭蓋の内側に充満する。


淡い。色を感じる。紫。紫色の泡だ。パチパチと破裂しては、新しい泡が脳を強く撫でる。

集中。S、Y、U、C……思考が「トぶ」。泡の奔流。さえ、単語、単語、さえ、しこ、あぁぁ


 目が開いた。アナントが同期を切ったようだ。

「脳波が危ない感じになってたから切ったけど、どうだった?」

「あぁ……たん、ご。単語。単語が言える。OK戻った。うんヤバい。何か泡みたいなのに囲まれて、語彙力も思考力も消えた」

「なるほどね。ログもよく分からなかった。どうするかな」

「リスクはあるが、コンピュータ側の処理速度を早くしたらどうだ? 5倍速でも情報を適切に処理できていない可能性が高い」ガブリエルが提案する。

「そうだね、よし、マックスの百倍速でいこう」

「えっ」

「大丈夫、田中の脳への入力速度は一倍にするから……あぁ待って、100:1はギャップが大きすぎて非推奨って書いてある。100:2くらいでいい?」

「いきなりマックス? 僕のコピーは無いよ?」

「いけるでしょ」

「はい行けます、行かせてください」

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