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明らかに格上な人工衛星の墜とし方

猫星が手を放したのを身体で確認して、アナントは振り返らずに部屋を後にした。猫星は横たわるマークに「一緒の墓ですね」と伝えた後、ゆっくりと部屋を出る。ゆったりと、接近した木星が望めるテラスへ歩き出した。


 アナントは軍用AGIに指示し、自分が区画移動のエレベータを降りた直後に切り離しが始まるように設定した。

 猫星と別れてから七分後。フライトコントロール室。

 アナントが息を切らして到着すると、既にガブリエルと田中が必死に端末をいじっていた。ちょうど切り離しと加速方向への回転も完了。カドモス艦内は、加速前の初期微動で小さく揺れている。フライトコントロール室から直接は見えないが、猫星がいる遠心重力区画が少しずつ遠ざかる。

「あれっ、猫星は?」と田中。

「宇宙葬よろしくって」

「ハハッ、有言実行じゃん」

「よく笑えるね」

「あー、猫星と性格的に似てるからさ、ちょっと分かるわけよ。こんな珍しい自由の機会を逃すなんてもったいない! いやぁさすが猫星」

「そういうのじゃないと思うけどね。いや、それもあるのかな。分かんなかった。うーん」

「アナント、作業に戻れ」ガブリエルが横槍を入れる。

「ガブさんごめん、了解」軍用AGIへ音声入力を始める。「加速いけそう?」

【おそらく振り切れます。素早い振り切りのため、最大三Gの負荷がかかります】

「OK初めて。みんなベルト締めてる……ね。OK」アナント自身もベルトを締める。直後、グググっと体全体が斜め前に押され始める。

「ちょちょちょ!」田中の狼狽とともに全員、椅子を回転して背もたれ側に慣性がかかるように調整し固定。

「うえぇキツすぎる」約三G、地球重力の三倍ほどの引力を腹から背中方向へ受け続け、田中がこぼす。

「ネットワークが復活したらUMOのAIを軍用AGIに繋ぐ。僕は繋げる部分のプログラムを作るから、UMOのデータからAIモデル部分を抽出するのは田中お願い」


 加速開始から三十秒後。ドローンが追いつけなくなり、カドモスのネットワークが復活する。

「よし」アナントはローカル環境で書いていたプログラムをセットし始める。田中も急いでUMOのAI部分のファイルを抜き出し、アナントに転送。軍用AGIがUMOのAIとのインターフェースになり、できる限りUMOのAIに出力させるように結合を完了させた。

 アナントは音声入力を始める。「饕餮からの攻撃を防ぐことは可能か」。通常より長いラグを経て、【饕餮によほど強力な兵器が無い限り、可能です】と軍用AGI。

「分かった。艦体の維持は絶対条件として、意思決定は全て任せる。人間に確認をとらなくていい。五Gまでの負荷ならどの方向に対してもかけていい」

【承知しました】

「UMO産とはいえ、マジでいけるのか……?」田中がいぶかしむ。

「自己保存能力を追求してきたのなら、有り得る」ガブリエルが自らを納得するための理由をつける。

 三人はログを見守る。

「ここからはお祈りだね」そういいながらアナントがログの画面を大きくする。


 遠心重力区画を分離したカドモスの加速にも関わらず、饕餮本体はカドモスを射程圏内に捉える。

「饕餮の攻撃手段は何だ?」ガブリエルがアナントに尋ねる。

「既に判明しているのは、シンプルな質量弾、軍用ナノグレイが入った拡散弾の二つだね。ドローンは出されても振り切れるはず」

「なるほど……弾切れはあまり見込めないな」

「そうだね、だから饕餮に何らかの形で反撃する方向性になると思うんだけど」

ログを確認すると、ナノグレイ制御用のプログラムが書き換えられている。アナントが確認したが、既存のプログラミング言語のいずれでもなく解読できない。

【質量弾への対応を行います】

狙われそうな部位にナノグレイが集まり、層ごとに機能を変える。もっとも深層は疑似的な発射装置に変化し、表層のナノグレイを高密度に射出する。饕餮からの質量弾はそのナノグレイに当たり威力減衰。揺れが起きないほどの威力となってコツンとカドモスに当たった。

 カドモスは推進方向を饕餮側に回転させながら、その正面にナノグレイを集め、先ほどと同じように射出する。饕餮から放たれたのはナノグレイ拡散弾。カドモスから射出されたナノグレイにぶつかると、なぜかその場で爆発しカドモスに被害が及ばない。

「どういうこと……? 爆発のための衝撃の閾値がそんなに低いのか?」田中が首をかしげる。

「いや多分、射出したナノグレイに何か細工をしたんだと思う。そんな機能無いはずだけど、おそらくUMOのAIがプログラムし直したんだろう」

 拡散弾の無力化後、ググっとカドモスが加速する。

「待って、饕餮の方向に向かってない?!」田中が叫ぶ。

「そうか……防御手段がナノグレイ射出なら、いずれナノグレイが枯渇して饕餮からの攻撃をさばけなくなる」

「どういうこと?」

「先に饕餮を無力化するんじゃない?」

アナントの言葉通り、カドモスが加速する。

「さっきよりG強い!」田中の絶叫実況が始まる。次いで、全員の視界がグアンと回転する。

「回転も同時に?」カドモスは回転の速度も徐々に強め、三人は目を回す。「ベルトが持たない!」

「カドモスが自分で饕餮にぶつかるってことか……」アナントが苦笑いをする。

【十秒後、饕餮に衝突し、饕餮の推進システムを破壊します】

「えぇぇ?!」

「確かにそれなら勝てるね」

アナントが笑うのをよそに、ガブリエルは椅子にしがみつくのに必死だった。


 カドモスは速度と回転の加速度をゆるめない。グルグルギュンギュンと三人の内臓が悲鳴を上げる。


ガゥゥン。


 一瞬の衝撃と共に、速度と回転の減速が始まる。

【饕餮を無力化しました】

「饕餮自体はどうなる?」

【脱出ポッドらしきものが饕餮から射出されました。おそらく火星に墜ちると思われます。追って処分しますか?】

「いやいい」アナントがため息をつく。「遠心重力区画の状況は観測できる?」

【既に火星に墜ちたようです】

「分かった」と呟いたアナントはぼんやりと天井を見つめた。


「マズい」ガブリエルが大声を出す。「懸念が最悪の形で現れた」

「何ですか」一息ついて思考停止にあった田中が、のほほんと聞く。

「カドモスのメインサーバーが、おそらくUMOのAIの管理下にある」

「えっ」

「軍用AGIとの接続している間に入り込んだようだ」

「ど、どうなるんでしょうか」

「さぁな」

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