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宇宙葬で墜ちる先は

 饕餮との距離は六十kmに縮み、なおも近づいてくる。

「この距離で?」マークが記していた饕餮の想定軍備にレールガンは含まれていたが、射程距離は最大十kmほどと書かれていた。

 【饕餮は、カドモスと地球圏の通信手段を無力化することを第一の目標としているのではないでしょうか】軍用AGIが、饕餮側の達成目標の仮説を提示する。アナントは音声入力をオンにする。

「たしかに。猫星が既に技術データを饕餮に送信したとして、饕餮側からシャトルを地球圏に飛ばし、本国だけが開封できるようにする。とすれば、カドモスの目標をどこにおくべきかな?」

【前提として、カドモスの地球圏との通信手段は、輸送船以外には無線通信のみです。そして先ほど、饕餮からシャトルが地球圏に向けて発射されたのを確認しました。これを受けて、優先順位はどうしますか? 通信手段を守るか、カドモス自体の無力化を防衛するか】

「難しいな、ガブさんと相談する。一旦、カドモス自体の無力化を防ぐことを最優先に動いて」そう言って軍用AGIへの音声入力を切る。

「ガブさん聞いてた?」繋いだままのグループ通話にて、アナントが話しかける。

「あぁ」

「どうするべきだと思う」

「我々の生存とデータセンターの安全が最優先だ。饕餮が本国宛てにシャトルを送ったとしても、いずれ中国以外から火星圏への通信が回復するだろう。そうなったとき、これまでのUMOとの会話内容と饕餮の動きを説明する必要がある。カドモスから地球圏への通信手段は失われてもいい」

「賛成」

「もう一つ。脱出ポッドで、ハルモニアに着陸する選択肢もある」

「なる……ほど。確かにね、UMOに助けてもらえるかもしれない。軍用AGIに一応情報として入れておく」

 方針を決めている間に、カドモスと饕餮の距離は約十kmに縮まる。テラスからなら十分に目視できる近さだ。

【饕餮がドローンを展開してきました。確認できるだけでも一三〇台以上。電磁妨害の可能性が高いです。こちらもドローンで迎撃します】軍用AGIからのメッセージ。アナントがログを確認すると、カドモスから三〇台のドローンが出撃していた。

「量で明らかに負けてるな」

【大質量の物体が迫っています。無線通信区が狙われています。表面装甲用ナノグレイの配備を優先させますか?】

「いやいい。その代わり被害が拡大しないように、その付近へ重点的に配備してくれ」


ガァン。ガァン。ガンガンガンガン。


 先ほどよりは小ぶりだが断続的な揺れ。

「何これ?!大丈夫?」通話口から田中の叫び声が聞こえる。

【おそらくナノグレイ素材の流体爆弾です。無線通信区は大破しました】

「田中、落ち着いて。単なる爆弾だ」軍用AGIのログを確認したアナントが田中に告げる。

「爆弾に『単なる』とか無いから!」

「いいから、ナノグレイの運び出しを早く終わらせて。この爆弾が何回も来たら表面装甲が足りない」

「りょ、りょうかい」

【自律ドローンによるジャミング、抑止不可です。加速しても振り切れず、約五十機にカドモスを囲まれつつあります】

「ジャミングされたらどうなる?」

【少なくとも軍備部分は特殊LANで行動を継続できますが、大気環境維持系統はおそらく無力化されます】

「田中! 僕とガブさんに宇宙服を持ってきて。もちろん田中も着る。猫星にもできれば着せる。最優先で」

「りょりょりょうかい」

【これまでの饕餮の行動を踏まえて、カドモスの維持および船員の生存確率は、約五%です。どうしますか】

「逆に五%の可能性って何」

【饕餮側の攻撃継続能力に全て依存します】

「はぁ……それに賭けるか」ため息をつくアナント。

「アナント、そういえば」通話口から田中。「UMOがくれたデータの中に入ってるAIモデル使えないの? 軍用AGIより優秀なんじゃない?」

「いやいや……いや、確かに。軍用AGIの改良は考えていたけど、そもそもUMOのAIを使う発想はなぜか無かった」

「それは……リスクが高すぎないか?」ガブリエルが横槍を入れる。「かなりのアクセス権限を渡すわけだろう? むしろそのAIにカドモスの基幹システムを乗っ取られる可能性がある」

「ガブさん、分かるけど、今のところ軍用AGIのシミュレーションでは、僕たちの生存確率は約五%って」

「五%……」

「基幹システムを握られないように、アクセスは最小限にする。ガブさん、やるよ」

「……分かった。マークならそうする」

「OK」アナントは軍用AGIへの音声入力を再開する。「ドローンのジャミングを最優先で排除して。他の攻撃手段は甘んじて受け入れる。なんとかして」

【不可能です】

「最大加速で振り切れないの」

【不可能です】

「カドモスを軽くすればいけるんじゃない? 遠心重力区画を全部切り離せばいいじゃん」

【再計算します……少なくともドローンは振り切れる可能性がありますね】

「よし、やろう」グループ通話に向き直るアナント。しかし、ネットワークが切れている。ジャミングが発動したようだ。カドモスの空調システムも停止する。

「マジか……」アナントは迷わず部屋を出て、田中のもとに走りだした。


 全速力で田中のもとについたアナント。

「はぁはぁ、田中っ」

「通話切れたけど、ジャミング的な何か?」

「そう。それはいいから田中、猫星を連れて磁気重力区画のどこかに退避して。ガブさんにも田中からノイドを派遣して伝えて」

「ノイドの制御も無理だ。僕も走ってガブさんに伝えにいく。アナントはフライトコントロール室に戻って軍用AGIの制御を優先したほうがよくないか? 猫星は死ぬ覚悟がもうある」

「……」

「どうした? 意外だな。でも猫星は覚悟が決まってた。猫星を助けに行って全員お陀仏って、どうなんだ?」

「軍用AGIは特殊LANだから、端末からでも操作できる。猫星は助ける……情報提供者として」

「どうせ口を割らないぞ」

「うるさい田中」

「いや行かせられない。僕の命に関わる」

「猫星と、一緒に木星を見たい」

「えっ?」

「じゃあ田中、よろしく」

「おい!」

田中の声を背に、アナントが走り出す。

「アイツ主人公かよ……」と呟いた田中は、ガブリエルのもとに向かった。


 多目的室。

 ペンチを取るために部屋に寄り道していたアナントが、ノイドに拘束された猫星のもとに到着した。アナントは、猫星が銃を所持していないことを確認して、ペンチをノイドの腕にあてる。自力では厳しいと分かり、Bチューンで一時的に筋肉を増強させる。

「アナちゃん、何してるの?」猫星がふっと笑う。

「遠心重力区画を切り離すから」そういってガリガリとノイドの左腕の関節部分を削る。

「嬉しいけど、私はアナちゃんを殺せるよ」

「そんなことしないでしょ」

ガキン。ノイドの左腕関節がはずれ、猫星は拘束から解放される。

「行くよ」アナントが走り出したが、猫星は動かない。それを確認してアナントも立ち止まる。

「行かない」

「なんで」

「もういい」

「何が」

「分かってよ。私の仕事は完了。別にこれ以上生きたいとか無いから」

「本当に仕事をやり切るなら、今僕を無力化するべきだ。ホントは何なの。僕、猫星のことがずっと分からない」

「ふふふ、光栄ね」猫星が小さく笑う。「なんでも知ってるアナちゃんが私のこと分からないなんて」

「興味あるから生きててほしい、って僕が頼んでもダメ?」

「どうしよう」猫星がアナントに近づき、後ろからふんわりと抱きつく。アナントは攻撃を警戒して避けようとしたが、体が上手く動かなかった。

「あーうん、ホントに弟に似てる」

アナントは答えない。猫星は後ろからアナントの頭をさすり髪をとく。

「星になっちゃった弟。今もいればアナちゃんみたいなのかなぁ?」

疑問形で伸ばした吐息がアナントのうなじを撫でる。

「何て言うかなぁ。少しでも生きてっていうかなぁ?」

確かめるように、猫星の細長い左手がアナントの手首の脈を抑える。

「いっつも振り回してごめん。遊べなくてごめん。木星を見せてあげられなくてごめん」

左手は、アナントの手首から肩にするすると移動する。

「でも驚く顔が一番好きだった。今もそう。よし決めた。アナちゃんごめん、私ココに残る」

アナントは答えない。

「アナちゃん? ほら行って。豪華な宇宙葬よろしくね!」

「うん」

「そうだ。私達、来世も出会うってさ」

「根拠は?」

「私が修正した占星術!」

「どんな形で出会うの?」

「そこまでは分かんなかったけど、私と出会うからには絶対に後悔させないよ」

「いいね、楽しみ」

猫星が手を放したのを身体で確認して、アナントは振り返らずに部屋を後にした。猫星は横たわるマークに「一緒の墓ですね」と伝えた後、ゆっくりと部屋を出る。ゆったりと、接近した木星が望めるテラスへ歩き出した。

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