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ご丁寧な重力波信号

「一つ」

「なんだガブリエル」

「UMOの引力源が、球形じゃない可能性もある。いやむしろ、確信と言ってもいい。不定形ではないと思うが、円柱形または扁平に近い楕円形であり、太陽系に影響しているのはその先端部である可能性だ」

「その可能性を踏まえるとどうなる?」マークが首をかしげる。

「マジ……?」猫星の顔が引きつる。

「そうなると挙動予測のための変数が膨大に……」うつむいて呟く猫星。

「計算しきれないのか?」

「占星術に! 革命が! 起きる!」紅潮した顔で机をドンドンと叩く猫星。

(またか……)と田中がため息。ガブリエルは呆れた目で猫星を見つめる。

「どうしよう! UMO内部の大規模構造が分かっちゃったら! ヤバイ!」

「希望的な占い結果を期待してるぞ」マークが真顔で親指を上に立てる。

アナントは少し上を向いて思案した後、軽く頷いた。田中はAIチャットタブを開き、急いでその可能性の影響を聞く。どうやら猫星の言うように、計算のための変数が膨大になるようだ。

「ひとまず管理班からは以上だ。解読班から頼む。ほぼ人工物と断定したようだな」

「おぉぉ!」と田中がガッツポーズをし、猫星は「えぇぇ?」と落胆する。

「あぁ、視界もらうぞ」

 眼前に無数……ほどではない波形データが現れる。田中が数えたところ十七種類。

「手順としてはノイズ除去の後パターン解析を行い、あらかじめ用意していた自然現象のあらゆる可能性との照合を試した」ガブリエルが手を伸ばし、複数個所をタップする。

「有意な信号は十七種類だが、パターン解析によって四種類に大別できた。分類不能が三つあったが、今は考慮しない。さて、我々が観測できる宇宙をアルファ宇宙、UMOが天体のような単一の質量物体ではなく内部に宇宙を持っている可能性を考慮してベータ宇宙としよう。自然現象については、アルファ宇宙側のみ、ベータ宇宙側のみ、アルファとベータ両方が偶然同時に起こった場合の三形態が考えられる。まずアルファ宇宙のみの場合だが、これは十のマイナス八百乗オーダーの確率だ」

「超新星爆発とかブラックホールの衝突とかが、特定の場所で十から二十回、しかも超短い期間で完了する感じだね。しかも既存の銀河の位置的に、ほぼ有り得ない」アナントが補足する。

「次にベータ宇宙側のみ。これは……まず前提として、UMOの内部にアルファ宇宙と同じような宇宙的な構造があるとしている。この場合は、十のマイナス五十乗オーダーの確率になる。大規模構造が全く不明なので様々な可能性がありうるが、それにしてもこの信号が自然現象であるためには、かなりの数の可能性が同時に満たされている必要がある。アルファとベータ両方の場合でも、十のマイナス五十乗オーダーに変わりはない」

「……分かった。納得した。君の解釈も聞きたい」マークが少し眉をひそめる。

「助かる。ここまででほとんど人工物であると確信を得た私とアナントは、早速信号の解読に取り掛かった」

「正直、その前からほぼ確だったけどね」

「まぁな。結論から言うと、二種類の信号は解読できた」

「えぇぇ!?」とマーク、田中、猫星が揃って席を立つ。

「反応が良くて嬉しいが、言葉が足りなかったな。そこまで重要な情報では無かったんだ。一つ目は太陽系の静的な三次元マップ。重力波検出時点での座標だ。航行中の輸送船までは観測できているようだが、カドモスまでは描かれていなかった。二つ目は、各惑星の運動方程式」ガブリエルが伝える間に、アナントが三次元マップと方程式群をパブリックレイに表示する。

「ははは……」マークがうつむいて肩を揺らす。「確かになぁ。どう考えても人工物だ。できすぎてる。それで、今日はどうする?」

「Cの自然言語的な信号群の解読に取り組む。もしUMOへの通信方法が書かれているとしたら、それが一番可能性が高い。昨日三時間それに費やしても解読できなかったが」ガブリエルの言葉にうんうんと頷くアナント。

「分かった、細かい口出しはしない。頼んだ」マークが手を叩く。

 会議は終了。田中はナノグレイ配備問題や木星磁場リスクをマーク・猫星と話し合い、艦内インフラ維持の方針を固めた。


二節:最先端知能


 研究用端末室。解読班が扱う予定のコンピュータは三種類。


一つ目は量子コンピュータ。名称は「ネイスQ」、ハルモニアの地下にあるためカドモスから遠隔で操作する。信号のパターン解析や、クラスタリングを行うが、ほとんど役目は終えている。


二つ目はAGI(汎用人工知能)。名称は「ヴァルナ」、カドモス内データセンター内にモデルがあり、ほぼ遅延なく利用できる。意味論的な信号群についてはまずAGIにかける予定。


三つ目はニューロモーフィックコンピュータ。名称は「プロメウス・ネクサス」。人間の脳を模したアーキテクチャで、発散的・創発的な問題解決を得意とする。また、Bコネクトによって人間の脳とも接続がしやすい。


 ガブリエルとアナントは、昨日の振り返りをもとに今日の方針を決める。

「C―1とC―2に対して、五千単語の重みづけ総当たりは厳しかったね。時間もかかるし」

「あぁ。最終的に総当たりなのは避けられないとして、もう少し絞り込む必要があるな。仮説を立てたい。まず、なぜ重力波信号を送ってくるのか。色々な可能性は考えられるが、『交渉』の線が一番高い」

「バカ真面目に宣戦布告、とかよりは現実的だね」

「では何を『交渉』したいのか? 私は、今ベータ宇宙の終焉が近いと思っている」

「てことは、シンプルに言えば『移住させて』的な?」

「方向性はおそらくそうだ。彼らの遺伝子的な何かを、重力波信号みたいなものに乗せて、人類社会に受容してもらう。ただ、トーンは依頼だけとは限らない。もっと強気に来るかもしれない。少なくともUMOと太陽が衝突したら人類は絶滅するからな」

「確かに。それを分かっているなら、『おい、俺たちがお前たちを支配する!』みたいな感じでくるかもね」

「だが、友好的な可能性も十分に有り得る。人類が輸送船を建造できる技術レベルだと把握している状況で、天体の三次元マップと運動方程式を送っても威圧にならないことくらい先方も承知しているだろう」

「まぁそうだね、その場合のトーンは『一緒に太陽系を脱出しよう』的な?」

「そんな感じだろうな。ビジョナリーに来るか、冷静に手順を説明してくるか、あるいはまったく予想のつかない形でくるか楽しみだ」

「予想がつかない……待って、そもそも『単語』じゃなくて『文』な可能性って無い?」

「ふむ……」

「昨日はC―1内の千単語を、人類の五千単語に合わせようとしてたじゃん。そうじゃなくて、例えば重力波信号の一単語目が、人類でいう『私はUMOです』みたいな文の可能性」

「無くはない……な。もっと簡単にしてほしいものだが」

「今AGIがやってるアルゴリズムを確認するね」そういってアナントがドキュメントを開く。


“”


前提

・単語群C―1にある千単語を、順番にc1, c2, c3…と採番

・C―1に含まれる語彙のみで構成された文章群C―2にある十万文を、順番にr1, r2, r3…と採番


ステップ

①c1に一つ目の単語を代入する

②文章群C―2について、c1を含む文を全て抽出し、その総体をR(c1)とする。

③R(c1)に含まれる単語について、もっとも出現頻度の高い単語に、c1と意味内容が矛盾しないように二つ目の単語を代入する。この操作をR(c1)に含まれる単語全てに対して行う。矛盾が発生したらこれまでの文脈を見てリセット位置を決め、やり直す。

④R(c1)に矛盾が生じないような単語セットができたら、c1を除きその他決めた単語のみで構成される文をC―2から抽出する。それぞれの文について意味内容に矛盾がないか確認し、矛盾があればこれまでの文脈を見てリセット位置を決め、やり直す。


“”


「5ステップ目以降もあるけど、ステップ4までで絶望的に時間かかるよね。c1に「私」を代入して全て検証するのに4時間かかってる」

「しかもUMOにとっての単語が人類にとって『文』だったら、もっとかかるぞ……」

「他の方法を試したいね。とりあえずC―2の十万種類の文をベクトル空間につっこんでみる。あと田中も呼ぼう」

「田中を? 何をさせるんだ?」

「ニューロモーフィックコンピュータで、ガチャを回し続けてもらう」

「田中ぁ……田中ならいいか。良い案だ」ガブリエルが頷く。


 田中の端末に、アナントから連絡が入る。

「どうした?」

「田中、いま暇? 解読手伝える?」

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