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百歳謹製『その重力波、ホントに自然現象? クン』

 フライトコントロール室のドアはロックがかかっていない。艦長と猫星は操縦席に座っている。艦長は深くもたれ、猫星はなにやら身振り手振りをしている。

「かんちょ~、分かります? 私、UMOに恋してるんです。この包み込まれるような引力に惹かれるんです」

「まぁ物理的には引かれてるがな」

「そりゃ引かれるから惹かれるんです。はぁ、もっと近づきたい……」

「お前が重い女になったらもっと近づけるんじゃないか?」

(なんの話だ?)田中は立ちつくし、とりあえず会話を聞く。

「確かに! まだ愛が足りない! でも重すぎて振られたらどうしよう。土星ちゃんみたいに闇をさまよっちゃう……」

「お前に辟易してUMOが太陽系から出てってくれるのが、最高のシナリオだよ」

「いや私、むしろ宇宙人には反対派なんです。愛の対象はこの引力であり宇宙なんです。重力波も、宇宙のお告げなんですって。この現象は、宇宙の壮大な精神性の現れなんです!」大物女優ばりの抑揚で猫星がまくしたてる。

「お告げ? スパムだろ。『おめでとうございます、当選しました! 重力異常にようこそ!』的な」

 大げさな身振り手振りをしたマークが、田中に気づく。腕を大きく広げたまま、田中に声をかけた。

「田中、よく来た。緊急事態だ」

「はい、それってどういう」

「違いますって! 波形見ました? この重力波、歌ってます! 子守唄なんです」

「おかげでこっちは寝れないんだよ」

「それは無理もないですね。はぁぁ……ドラムのように胸を躍らせてくる……心に響く……」

「響くよな。特に財布に。修理費が響いて仕方ない」

「えっと……これって……」田中が耐え切れず質問する。

「見ての通りだ。コイツがヤバすぎる」マークが顎で猫星を指す。

「えーと、え?」

「作業が進まん」

「響く……そう、私たちの全てに響く。財布に響かないリズムなんか聞く価値無い……うん、そうよね。でも待って」

「見ての通り、拾わなくてもボケ続ける。世界自然遺産への登録申請をさっき済ませたところだ」

「あ、文化遺産でも人類国宝でもないんですね」

「間違いなく天然ものだ」

「まぁ、その、無理やり作業に取り掛かればいいのでは?」

「ユーモアリーダーシップの第一人者の私にそれは無理だ。ボケは処理する必要がある」

「本人がボケと思って無かったらセーフでは?」

「良い着眼点だな。リーダーシップ論において構成員の天然ボケをどう処理するべきかについては、数ある先行研究でも結論が分かれる。私は基本的には、しっかりとジョークで対応するという方針で再現性を持たせている」

「えぇ……えぇと、じゃあ僕が作業を代わりましょうか?」

「いや、猫星のボケを私とうまく処理しつつ、全員が最高のパフォーマンスで動けるように調整してくれ」

「ムッズ」

「私の直属の部下になるとは、そういうことだ」

「あっ、田中! ねぇ聞いて、愛って引力なの。でさ、引力を愛してたら引力との引力って二乗されるじゃん? まぁそれはそれとして、リズムっていう別論点が出てくるわけ」

「いやまず引力二乗がなんで」

「田中、フェーズ2だ。こういう時にとっておきのフレーズがある。見とけ」マークが首を回し、右手首を振る。

「そもそもリズムって、あ、広義のリズムね。愛の一番抽象的なプロトコルじゃん? まずそこOK?」

「んんいや何でやねん!」

マークのピシッと開いた右手が、猫星の胸元と3cmの空隙を作る。

「に、日本語……?」

「そうだ。世界には、what’s the fuckでは対応しきれない場面がある。その状況下でこれを使う。見ろ、この気迫に猫星も慄いている」

「いや、言語の壁による困惑ですねおそらく。というか詳しい。日本でもほぼ死語ですよ」

「まぁユーモアリーダーシップで博士を取っているからな」

「博士?!」だから先行研究とか見てるのか、と納得がいった田中。

「ちなみに『世紀末リーダー伝た〇し』という古典は聖書だ」

「いや知らないです」

「よし、では場が温まったところで作業に入る。まずはデータの収集だ。猫星、必要な項目と現在の収集状況を教えてくれ」

「はーい。カドモスの航行に必要なデータですね。ざっくり言うと火星圏と木星圏の相対位置と、UMOのエネルギー密度、それぞれの経時変化。火星がもうUMOにつかまっちゃったんで、意外とシンプルです」

「そうだな。UMOを公転する小惑星残片のデータは?」

「まぁ要りますね……」

「OK。それ以外は?」

「影響度は小さいので一旦大丈夫です。じゃあ収集状況ですね。まずUMOのエネルギー密度。これは随時観測と計算ができています。木星圏との相対位置も、現行のエネルギー密度が持続した場合のみについては計算ができてます。小惑星残片はまだですね」

「よし、それを集め終わったら各天体の挙動予測に入る」

「はーい」

「いーや切り替え早くない?!」田中が思わず声を出す。

「悪くないツッコミだ。もう帰っていいぞ田中。十分な仕事だ」

「えぇぇ……」田中はとぼとぼと部屋を後にした。


 一方、研究用端末室にいる解読班のガブリエルとアナント。

 リーダーであるガブリエルが、まず方向性をアナントとすり合わせる。

「有意な重力波は十七種類。既にハルモニアのスパコンで、ノイズ除去は済ませてある。加えて量子コンで、簡易的なパターン解析とクラスタリングも終わった状態だ」

「準備いいね」アナントが端末を起動しながら答える。

「今日の目標は、信号が人工物か検証することだ。時間が余ったらパターン解析の改善を行う」

「OK。僕は何をやればいい?」パターン解析と分類がされた信号を見ながら、アナントが軽く答える。

「まず、人工物か検証するためのアルゴリズムの改善だな。既に私がコツコツ作ってきた『その重力波、ホントに自然現象? クン』があるが、そのアルゴリズムを改善したい。そっちの端末から開けるはずだ」

「可愛いね。重力波専用?」

「あぁ。ラジオ波、X線、ニュートリノ、磁場のバージョンも作成していたが」

「その中だと多分、重力波が一番判定しやすそうだね」

「あぁ、運が良かった」

「ちなみにコード行数は?」

「二万行程度だが、所々AIを噛ませている……出力のブレはありうるな」

「OK。さすがにその量はBロードで確認するね」

 アナントは、マークから支給されたBCIデバイスを頭に装着し、目を閉じる。約二十秒後、目を開いた。

「なるほど。UMOが天体ではなくて、宇宙的な大規模構造をしている前提なんだね。賛成。それで、僕たちの宇宙をアルファ宇宙、UMO内の宇宙をベータ宇宙として、アルファ宇宙のみ、ベータ宇宙のみ、アルファ宇宙とベータ宇宙のみの三種類で自然現象である確率を推定するわけか」

「ざっくり言うとそうだな。あらゆる自然現象が取りうる重力波のパターンが、まずデータベースにある。で、今回ある重力波とパターンレベルで照合して一致度を確かめ、一致する場合は、その現象が起きる確率まで計算する」

「ベータ宇宙の物理定数の推定は入ってないよね。まぁ無理か。このままでいいんじゃない?」

「分かった。操作方法は分かるか?操作を頼みたい」

「ソフトにかける信号の順番は?」アナントが端末を凝視する。

「各信号ファイルに大番号、小番号を振っているだろう? その順番だ」

「OK」

 静寂。アナントの手がせわしなく動く。

「よし、その順番で設定し終えた。これ一つあたりどのくらいかかるの?」

「一昨日に一つ目を試してみたときは十二分くらいかかった」

「一つ目で十二分は、その後が怖いね。そういえば、分類はいいとして、順番ってどういう基準でつけたの?」

「解読しやすそう、という軸だな。各信号に関する私のメモを書いてある。見てみてくれ」

その言葉に従い、アナントは表計算ソフトを起動する。

「なるほどね……数学的っぽいもの、ビジュアル変換できそうなもの、文字っぽいものがまず優先順位が高いか。後半、何個か『意味不明、FUCK』としか書かれてないけど、どういう感じなの?」

「言葉の通りだな。私のスキルでは、そもそも量子コンによるパターン解析も十分にできなかった。有り得ないほど圧縮されたもの、感情起伏のように規則性を見出しにくいもの、その他いろいろだ」

「なるほどね。今四つの大分類があるけど、最後の大分類は意味不明のその他ってことか。解析し直して、もう少し正確なクラスタリングをしたいな」

「確かにな。今日中にそれもやってしまいたいな。できるか?」

「できるんじゃない?」そう言うや否や、アナントは量子コンにかけるためのアルゴリズムを、AIと考え始める。五分後、量子コンを起動してアルゴリズムを設定し、信号をつっこんだ。


 三十分後。三つの信号のパターン解析が完了した。

「ガブさんの解析とほぼ結果は一緒だね。問題無し。見て思ったけど、もう人工物確定で良くない?」

「良い、と言いたいところだが、マークが納得しないんだ。やはり『その重力波、ホントに自然現象? クン』の結果を待つ必要がある」

「その名前もしかしてお気に入り?」

「あぁ。クエスチョンとボーイの間にどれだけ沈黙するかで、個性が出る代物だ。君ら世代にとっては痛いか?」

「逆に受けそう。最近のネーミングって、抽象化した語彙のスッキリした組み合わせで飽和してるからね。まぁいいや、これ自然現象っていうなら重力波が偶然クラシックを演奏するレベルだよ」

「全くだ」

 その後も、信号の解析が終わるたびに軽口を言い合い、全ての信号の処理が完了した。その結果、合計十七種類の信号は以下のように分類された。


A:数理モデル系:3

B:次元マップ系:4

C:自然言語系:5

D:複雑構造系:2

E:分類不可能:3


「分類不能は諦めるとして、実質四種類か。元々の三種類と比べるとだいぶマシになったな」ガブリエルが画面を見ながら頷く。

「もうちょっと上手く分類できそうだけど、B―1はかなり簡単に解読できそうじゃない? ドットを展開すれば画像になるんじゃないかな?」

「そうだな。まず二次元、三次元で試してみよう」

「OK。さすがにドットから画像化するライブラリって、ここのAGIでもアクセスできるよね。それでやってみる」

「頼んだ」

 アナントはAGI(人工汎用知能)の操作画面を開き、B―1信号ファイルと、その信号をドットとして二次元展開と三次元展開するようリクエストした。


 三十秒後、結果が出る。

「二次元展開は違うみたいだね。でも三次元展開後のファイルがある。グラスに転送するのメンドイから、PC内で開くね」

すると白い背景の中に、大小さまざまな黒い点が現れる。

「太陽系……いつのだ?」ガブリエルが呟く。

太陽の中心を原点として、各惑星と衛星が静止画像として表示されている。

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