第二十五話 瓢箪から駒
「ヘブライか。彼奴を殺されても困るけどな。」
「えぇ、でも軍事は限りがありますからね。…北部のことがあります。今の戦況を考慮すると、出来れば、そっちに兵力を回したいんですが。」
ヴァイゼ様と一緒に溜息を吐く。
私達の目の前には兵力配布予定表が広がっていた。これは、王国が持っている王国専属の騎士団をどのように軍配していくのかを決める謂わば騎士団全体の大まかなスケジュールと言った所である。騎士団の軍配はヴァイゼ様の業務であり、彼の特権である。
「しかし…そうするとな。ヘブライの護衛が些か心許ない。大方な情報は聞き出せたとしても、また命を狙われてもおかしくないしな。心底悔しいが…まだ彼奴は俺達側の切り札の一つだからな…本当。」
“じゃなかったら、今頃血祭りだ。”とぼそりと呟くヴァイゼ様を見て見にぬ振りをする。正直、ヘブライから聞き出せる情報はもう絞り出したと言っても過言ではない。だからと言って、ポイっ、とどこに掃き捨てることはできない。生かしておくは少なからずとも、敵側にある程度の牽制はできる筈だ。だから殺さずに程々に尋問に掛けて生かしておくことが今は最善なのだ。
だから、今殺されるのはこっちとしては都合が悪い。
だが、北部の方に兵力を回すとなるとこっちの護衛が手薄になることは避けられない。手薄の所を見逃してくれる程敵も甘くはないだろう。
兄様。
思わず、心の中で呟く。大丈夫、あの馬鹿兄に限って死ぬってことはない。悪運が強い取り柄のウチの家門なんだから。心の中で何回も呟く。
「仕方ない。ヘブライも一緒に、行くぞ。」
「い、一緒にですか!?」
もはや気持ちいいくらいに、言い切るヴァイゼ様を見る。ヘブライの護衛しながら、北部に行くなんて…確かに今はそれが最短で解決できる方法ではあるけども。
「日程構成は?分配は?スカーレットから帰ってきてまだ日も浅いですし…騎士達のことも考慮しないと!」
「わかってる、考えるよ。」
「わかってない!それを実行するのは結局私なんですよ!どれだけ、大変だと思って…「わかってる」」
いつなく真剣な声で言うので、思わず口を閉ざす。
「はぁ…わかりました。こう言う時の私です。」
「フェリ、ありがとう。」
「これが終わったら、長期休暇下さいね。友人の結婚式も控えているんですよ…ついでに羽を伸ばします。」
「…努力はするよ。」
努力ですか、とじっとヴァイゼ様を見る。私が見つめる目に気迫があったのだろう。観念するように彼は「約束するよ。その目怖いよ。」と本気でビビっていた。失礼な人だ。私は労働者として当然の権利を執行しようとしているだけなのに。気が変わらない内に手を打っておかなければ。フェリは引き出しから無地の紙を取り出す。
「書面しましょう。」
「え?書面?」
こんな事で、と顔に書かれたヴァイゼ様を睨みつける。何を言う、こういう事柄こそ明確に書面にすべきだ。
「作成しますから、10分待って下さい。」
「え、いや、それよりも、ヘブライの事…」
「10分」
珍しくヴァイゼの方が真面な事を言っていいたのが、フェリの圧ある笑みに承諾という選択しか残っていなかったヴァイゼは「はい」と言う他なかった。
「はい、できました。こっちにサインお願いします。」
正しくウキウキ顔で、ヴァイゼの前にフェリは1枚の紙を出した。とてもではないが、10分で作ったとは思えないクオリティである。…フェリの有給休暇申請という何とも言えない内容ではあるが。休暇申請の為にここまでするか、とヴァイゼは思ったが口には出さない。もう考えもしないことにした。懸命な判断である。
「俺って、信用ない?」
サインしながら、ヴァイゼは呟く。
「ないです。」
それはもうバッサリ。取り付く暇も与えない程に。これにはヴァイゼも呆然としてしまう。
「…そうか。」
「そうですね。」
男だけど、何なら成人した男だけど泣きそうと、割と本気でショックを受けているヴァイゼに、「だって」とフェリは口を開き、話を続ける。
「ヴァイゼ様って、私がいないとすぐに怠けるし、怠けついでに言わんとばかりに、女遊びに走るし。」
「心配で心配で、定時には帰ってますけど長期休暇なんて怖くて取れない」とさらりとトドメの一撃を指す。
「フェリの中の俺って結構最低な奴では?」
「…今更ですか?」
遂に撃沈したヴァイゼが心の中で泣きながら、サインしているとフェリは「まぁ」と口を開く。
「今はそこまで心配してないですけどね。」
「フェリ!」
思わず感動して、ヴァイゼはフェリの方に顔を上げる。
「だって、逃げたらわかってますよね?」
「…そうだね。」
一回だけ、フェリが休んだ時に逃げた時の事を思い出したヴァイゼは心の底から頷く。あれは本当に怖かった。この世の終わりだと思った。世の中で怒られせていけない人がいるということをあれ程身に沁みた事もない。…以来、フェリを本気で怒らせないと誓った程である。
「それに、ヴァイゼ様は今も昔も王族としての責務から逃げてませんから。そこは信頼してますよ。」
「…逃げてないのかな?」
「まぁ、一時逃避はしてますけど。やらきゃいけないことはしっかりとやってたでしょ。」
本当に最低限でしたけど、と苦笑しながら呟くフェリの顔を思わず見る。昔から逃げていると思っていた。今も。それが兄と家族を守る…唯一の方法だと思ったから。逃げではないのか…なら、逃げてないのか。
「わかってますよ。私も、陛下たちも。」
「そうかな?、俺は今も昔も無能な第二王子だ。」
「無能じゃなくて、怠け者王子ですよ。」
「はは、それはそうかなもしれないな。」
「あと、女遊びは程々にして下さいよ」と小言を呟くフェリを見ながら、ヴァイゼは口を大きく開けて笑う。
「大丈夫だよ、フェリが側にいてくれるなら。」
「口説くみたいな口調はやめて下さいって言ったでしょ?…と、言いますか。一生働かせるつもりですか?」
「そんなつもりはないけど…うん、流石だねフェリ。」
これは長期戦かな、と訳のわからないことを呟く王子を白けた目で見る。ヴァイゼ様はその視線も予想通りみたいな顔でニコニコと笑っていたけど…私はまだこの時の彼の言葉の真意をしっかりと理解できなかった。
「さぁ、今日中にヘブライ護送と北部の遠征の予定表の土台は作ってしまいましょう。」
「へ?」
「何ですか?その顔は。ほら、机に向かって。」
えぇーと、ぼやくヴァイゼ様を机に向かわせる。
この日から、ヴァイゼ様の女遊びはピッタリと止んだ。




