三行でまとめてー
ミルクティーと紅茶クッキーをトレイに載せて、白猫のレリーフがかかった部屋へと戻る。
両手が塞がっているが、どうやって扉を開けようか――と考える間もなく中から花梨が扉を開けてくれた。
足音で私が戻ってきたと判ったようだ。
眉間に皺を寄せた花梨に出迎えられて、トレイを私の机の上へと置く。
花梨の机には分厚い本が開いたままになっていたので、零したら困るので液体は置きたくない。
借りてきた本をミルクティーから避難させなくては、とレアンドロのお勧め本はロフトベッドの下の空間に作られた棚へと移動させた。
「……で、理解できた?」
「ざっくりとは」
難しい顔をしたままの花梨は、自分の椅子を私の机の前へと持ってくる。
花梨が自分の机の上を片付けるより、こちらの方が早い。
「厨房を借りて、紅茶クッキー作ってきたよ。食べながらでいいから、三行でまとめてー」
「紅茶クッキー。
ミルクティー。
うまー。」
「いや、そうじゃないだろ」
早速机の上へと広げられたお茶会の準備に、花梨がカリカリと紅茶クッキーを齧る。
昨夜から出てくる料理が、不味くはないが口に馴染まないものばかりだったので、馴染みのある味に飢えていたのだろう。
「……こっちは?」
「食堂にあったお菓子」
「……異世界の味がする」
「どんな味だよ!」
せっかくだから、と食堂にあった粉っぽいクッキーもいくつか貰ってきた。
物珍しいからか花梨が手を出したが、やはり口に合わなかったようだ。
口の中の水分が持っていかれる、と私と同じ感想を洩らしながらミルクティーを飲んでいた。
「……たぶん、だけど」
そう前置いて、花梨が口を開く。
私たちが勇者として召喚された目的は、獣人との戦争に利用するためだろう、と。
なんとなくは私もそんな気がしていたが、花梨が読んでも同じ結論に至ったらしい。
「獣人は……記述を見る限りは、人間より優れた種族だね。まあ、獣と人間のイイトコ取りと思えば、当然かな」
それをよく思わない人間の側が、獣人を貶しめているようだ。
ようは嫉妬である。
「さすがに王様とか大臣クラスになるとおおっぴらに獣人差別発言なんてできないみたいだけど、人間至上主義のダラムテウス教って宗教があって、そいつらの口癖が「獣人は卑しい『獣』であり、人間ではない」だって」
「うわぁ……。なんか、わりと最近似たような言葉聞いたことがある気がするー」
「他者の宗教をどうこう言うのは良くないけど、まあアンドレさんはアウトかも」
アンドレの発言を諌めていたレアンドロについては、どう考えているのか判らない。
獣人を『獣』と卑しめる派か、獣人も『人間』と考えているのかは謎だ。
「まあ、こんな感じで……妙な宗教のせいで獣人と人間の間にはちょくちょく戦争が起こってるみたいなんだけど……」
幸いなことに、獣人自体は人間に興味がないらしく、そもそも獣人にとって人間は脅威にすらなっていないらしい。
人間から戦争を仕掛けない限りはおとなしいものだそうだ。
分厚い歴史書には戦争の引き金となった出来事も記載されていたが、前後の状況と戦後の獣人たちの対応も記載されていたため、記載されたすべてをそのまま信じることはできない。
歴史は戦争に勝った側が作るものだが、その勝った側が人間へと不干渉で放置するものだから、戦争を仕掛けて負けた側の人間は懲りずに獣人への差別と偏見を歴史書として残しているようなのだ。
「嫌だなー。正義も何もない戦争に駆り出されるなんて」
「帰る方法が見つからなかったら、獣人の国に逃げるのもいいかも?」
「獣人の国に人間って大丈夫なの?」
ことあるごとに差別し、喧嘩を売ってきた人間だ。
それは異世界人ではないが、獣人からしてみれば同じ人間だろう。
困ったからと逃げ込まれても、獣人も困るはずだ。
「それは心配ないっぽい。っていうのも、獣人と比べると人間は弱すぎて、むしろ庇護対象になってるみたい?」
獣人の国の貴族階級――記載された情報によれば、より獣に近い姿の者は種の中でも力強く、地位が高くなるらしい――では『か弱い亜人種、とくにその中で最も弱い人間には優しく接するべし』『それが力強き獣人に生まれた者の絶対的誇りと責務である』といった、人間側のダラムテウス教とは真逆な教えがあるのだとか。
「っていうか、人間の方が『亜人』なんだ? 普通、逆じゃない?」
「レンちゃん、それはここだと某宗教の考え方だよ」
花梨によると、人間以外を『亜人』と呼ぶのは人間至上主義を掲げるダラムテウス教だけらしい。
普通は人間、エルフ、ドワーフ等が纏めて『亜人』で、それ以外は『獣人』だ。
どうも毛皮のあるなしで大雑把に区別されているらしく、創作物でよく見かける『外見はほぼ人間で獣の耳と尻尾が付いている』程度の獣人も『亜人』と人間側に数えられることもあるのだとか。
「……それ、むしろ区別する方が面倒くさそう」
「だから獣人は大らかなんじゃないかな、もしかして」
エルフとドワーフ、人間よりの獣人は、人間が獣人の国へと戦争を仕掛けることに対して不干渉だ。
他の種族へは人間の側が時々ちょっかいを出し、やり返されることの方が多いらしい。
「とりあえず、獣人の国にも普通に暮らしている人間がいて、交易もしてるらしいから……」
「本当に、いざとなったら逃げ込んでもよさそうだね。っていうか……」
「獣人の側が住み分けてくれてるのに、人間の側っていうか、某宗教がわざわざ嫌っている獣人に近づいていって、喧嘩ふっかけてる、みたいな感じ?」
「いるよね、SNSにそういう人」
現実でもネットの世界でも、自分から事前に警告の記載された地雷を踏んで、噛み付く病気の人がいる。
そういった手合いは「住みわけは大事だ、警告をしろ」と自分で言いながら、わざわざ住み分けられた地雷原へと入り込んで「私が嫌いだからおまえはこの世から消えろ」と声高に叫ぶのだ。
はっきりいって、理解できない精神構造である。
「こっちは新聞の情報だけど、一番最近の獣人との諍いが三ヵ月前で、理由が『領民が獣人に攫われた』ってなってる」
「実態は?」
「重税に耐えかねた農民が、村まるごと獣人の国へ逃げたっぽい」
「うわー」
新聞は歴史書と違い、まだ編纂や改竄がされていない。
まったく弄られていない、とは言えないだろうが、本として残すものと、新聞として一時の情報を伝えるものとでは扱いが違う。
花梨が歴史書を疑ってかかっているのも、新聞を見ることができたからだ。
「この世界の人間って、めっちゃ迷惑な種族?」
「人間というより、某宗教が問題っぽい? まあ、なんで国政に宗教が出しゃばって獣人の国との戦争を起こすのか、ってなったら不思議だけど」
とはいえ、宗教が国政に関与してくることなど、地球の歴史でも珍しいことではない。
この国にも、この国なりの理由があるのだろう。
「勇者召喚は実験だ、って言ってたけど、あれもどこまで信じていいのか……」
「歴史を聞くとねー?」
「でも、ウルスラの個人的な実験って話も、完全にないわけじゃない、かも?」
「なんで?」
「私たちが呼ばれた部屋にいたのって、魔法師が五人と、アンドレさんだけだったでしょ?」
国を挙げての召喚実験であれば、見届け人としてそれなりの身分の人間がいたはずだ、と花梨は考えたらしい。
少なくとも、実験の申請を出したウルスラは同席しているはずだし、《新月の塔》の責任者であるレアンドロもいたはずだ、と。
「……そういえば、ウルスラはあとから部屋に入って来てたよね?」
「レアンドロさんもね」
レアンドロについては、扉から入ってこなかったので、テレポートのような魔法があるのだと思う。
突然花梨の背後から現れたことには驚いたが、花梨を人質にとるような真似もせず、私たちとアンドレの間に移動してきて、無防備に背中を晒していた。
あれはたぶん、私たちを背後に庇っていたのだろう。
「……うん? なんでウルスラはあとから部屋に入ってきたの?」
「それについては予想できるよ。1、ウルスラがレアンドロさんに出した申請書類の内容。2、実際に召喚された私たち。3、『勇者』召喚のはずなのに、召喚対象に現れる『契約のしるし』が……まあ、これは召喚した側に現れたみたいだけど、とにかく『契約のしるし』が現れていること」
「えっと……三行で纏めて!」
「もう少し考えようよ、レンちゃん」
考えるのは自分の仕事だが、それにしたって考えなさ過ぎる、と花梨が唇を尖らせるので、ミルクティーのおかわりを注いでやる。
花梨は頭脳労働のあとからずっとしゃべっているので、喉が渇いているはずだ。
「……実際の申請書類を私は知らないし、召喚の術式とか魔法陣とかも読み解けないけど、ウルスラはたぶんレアンドロさんを騙したんだよ」
アンドレの言う召喚術を、ウルスラは『勇者』召喚の術式としてレアンドロへと実験の申請書を提出した。
勇者召喚だなどと名前は変えたが、実態はただの召喚術だ。
召喚された対象には『契約のしるし』が現れることを、ウルスラは知っていたはずである。
「あれ? でも、契約のしるしが現れたのは術者たちだから……」
「ウルスラの実験に、ウルスラ本人が参加してないことがまずおかしいんだよ、レンちゃん」
ウルスラは勇者召喚の術式が失敗する可能性を考えて、もしくは術を乗っ取られて主従が逆転する可能性まで考えて、五人の魔法師を身代わりにしたのかもしれない。
実際に術は私たちに乗っ取られて主従を逆転し、術者たちには本来召喚獣に刻まれるはずの『契約のしるし』が現れている。
「サイテーだ。自分は危ない橋を渡らずに、自分のやりたい実験だけをするなんて!」
「自称《新月の塔》一の天才だそうだからね。ずるいのも『才』のうちなんじゃない?」
術の失敗を考えて、ウルスラは別室から『勇者』召喚を見張っていたのだろう。
ウルスラがあとから部屋に入ってきたのは、保身のためだ。
「……で、話は戻るけど、私たちの召喚された場にいた権力者はゼロで、あとからきたレアンドロさんぐらいじゃない?」
獣人との戦争に使うため、国を挙げて行われた召喚実験なのだとしたら、もう少し権力者がいただろう。
「あと、レアンドロさんも言ってたけど、『上』に私たちのことを報告してから今後のことを決めたい、って」
こうなってくると、本当に国としてはノータッチで、ウルスラ個人の実験だった可能性の方が大きくなってくる。
国を挙げての実験であれば、私たちの生活費について《新月の塔》の予算から出すとは言わないだろう。
それこそ国の責任として、金額の大小に関わらず国の予算から出すはずだ。
「――というわけで、表に出せる目標と、裏目標を作ります」
「絶対条件は、家に帰ることだね」
「だねー」
帰っても平本弓子とかがいるんだけど、と花梨が少しやさぐれた目をする。
花梨にとって元の生活は――特に学校生活は――それほど楽しいものではなかったはずだ。
しかし、だからといって新天地に根付くと開き直ってしまうには、私たちは若すぎる。
まだ未成年であったし、突然二人揃って行方不明になれば両親や弟も心配するはずだ。
「表向きは、自分たちでも帰還方法を探しつつ、子どもらしく気ままに暮らす方向で」
その際にはせっかく手に入れた魔力を扱う方法を学んでみるのも面白いかもしれない。
魔法でこの世界へと呼ばれたのだから、自力で帰れる方法を見つけたとしても、きっと魔法は必要になってくるはずだ。
「じゃあ、裏目標は?」
「帰還方法と平行して、いざ戦争に使われそうって時に逃走の役に立ちそうな魔法を見つけて身につけること」
「全力で逃げるよー」
「おー」
あとは渡された生活費とは別に、逃亡資金を作ることも大切だ。
そう指折り必要なことを挙げながら、花梨は紅茶クッキーへと視線を落とす。
「……これは、異世界モノのお約束の、和食スゲーで錬金術する流れ……?」
「それはちょっと難しいかも?」
私たちがこちらの料理に違和感を覚えるように、こちらの人間も私たちの料理には違和感を覚えるようだ。
紅茶クッキーが焼けた時に料理人も一枚食べていたが、まず口に入れるまでに戸惑いがあったし、クッキーを齧ったあともしきりに首を傾げていた。
私としては少し硬くはあるが普通の紅茶クッキーでしかなかったが、料理人には違和感のあるものだったのだろう。
「口に入れるものだもん。まず最初の一口からして、少し違う物はハードルが高いっぽい」
「じゃあ、和食スゲーは難しいねー」
ねー? と顔を見合わせて首を傾げ、二人同時に笑いだす。
世の中、小説のように簡単にはいかないようだ。




