食材は皿の上で愛を囁く
初めて彼女を目にした時から、俺は彼女に夢中だった。
「優人、今日から君の妹になる、穂香ちゃんだよ。穂香ちゃん、この子が、今日から君のお兄ちゃんになる優人だ」
「はじめまして、ゆうとおにいちゃん」
サラサラの黒髪と、ぱっちりとした大きな黒目。俺の父親の後ろに半分隠れつつ、ふんわりとはにかむその姿は、正に天使としか言いようがなかった。
「は、はじめまして」
その日から、俺にとって穂香が全てとなった。
穂香は極めて優秀な子だった。
勉強は常に一位。運動でもいくつも賞をとるほどで、音楽や芸術の才能もあった。
性格も容姿良いから、穂香はみんなの憧れの的だった。穂香の周りには、まるで誘蛾灯に誘われる虫たちのように人が群がった。
そんな穂香が俺の妹だということに優越感を持ちつつ、みんなが穂香に群がることに酷く嫉妬した。
俺の、俺だけの穂香。
彼女が笑いかけるのは俺だけでいい。
彼女が涙を溢す理由も俺だけでいい。
彼女の心を独り占めしていいのもだ。
俺にとって穂香が全てであるように、穂香にとっても俺が全てになればいい。そのために、俺は穂香に過干渉し始めた。
まず、その可愛らしい容姿を誤魔化す為に眼鏡をかけさせ、わざと地味な髪型にさせた。
次に、穂香が誰と遊んだかを逐一報告させて、男とは極力関わらないようにさせた。
俺の親は、この過干渉に対し嫌な顔をしていたが、穂香は笑って俺の過干渉を受け入れた。素直で従順な穂香に、思わず仄暗い笑みが浮かんだ。
そうして俺は、少しずつ少しずつ、穂香の行動を狭めていった。
そうして穂香を観察しているうちに、分かったことがある。穂香は、結構達観した性格だということだ。
確かに、話術はあるし、友人もたくさんいる。だけど、穂香は特定の人と仲良くすることは決してしなかった。
常に人の輪の外側にいる彼女は、時々凄く大人びた顔をする。何もかもがつまらないという、その氷のように冷めた横顔はとても美しい。
そしてもう一つ。甘いものが物凄く好きだということ。
穂香は決して買い食いなどしないが、親や俺が甘いものを買ってくるととても嬉しそうに笑う。目を細めて頬を赤らめ、ニコニコしながらお菓子を頬張るその様は本当に可愛らしい。俺はますます、穂香に夢中になった。
完璧で、どこか冷めていて、甘いものに目がない穂香。
そんな彼女は、人を喰らう魔女だった。
最初にその姿を見たときから、黒の魔女と呼ばれている少女が穂香だということが分かった。
肩を剥き出しにして、豊かな胸元を協調する真っ黒いドレスに身を包む穂香。艶やかな黒髪は透き通る肌をより浮き立たせ、赤い瞳は神秘的で吸い込まれそうな気がした。
なんて、美しいんだろう。
魔女だという事実に驚くことよりも、恐怖することよりも先に、優人はその一言をまず最初に思い浮かべた。それ以外の感情なんて、浮かんでこなかった。
「……ちょっと、食食べにくいから、あんまり見てないで」
「いいじゃん、別に」
俺は今、穂香の空間に入って、彼女の食事風景を眺めている。赤い瞳を眇て、穂香はわざとらしくため息を吐いた。その目の前には膵臓と血肉で作ったチーズケーキが置いてある。
俺の前にはコーヒーだけだけど。
「あのね、これ人間で出来ているのよ?見ていて気持ち悪いでしょう?」
「別に?俺は美味しそうに食べている穂香の顔を見られるのが嬉しい」
「……」
穂香は顔をしかめた後、諦めたのか食事を続けた。上品に食べつつ、少し嬉しそうな穂香に思わずこちらも笑顔になる。ああ、なんて可愛いんだろう。彼女にだったら、食べられてもいい。
穂香の使い魔にコーヒーをお代わりして、俺は今日も穂香の側にいる。
例え、彼女にとって『甘くておいしい』食料なのだとしても。
ただ可愛い女の子が人間をもぐむしゃあする話が書きたかっただけです。ごめんなさい。
食材に愛を囁かれ、困惑しつつほだされかかっている彼女と、ヤンデレ兄ちゃんの話はまた書きたいなぁと思いつつ、ここで区切りとさせていただきます。
突然ですけど、14日ってバレンタインデーなんですね。13日に思い出しました。甘い食べ物(人間)を食べる女の子の話が書きたくなっていたのはそれが関係しているからかも←ねーよ