ヤクザは困り、そしてストーカーは暗躍する (9)
その姿を見て一瞬安堵してしまったが故に、振るわれた触手に対して反応が遅れた。
気が付き咄嗟に真咲を突き飛ばしたものの、自分が避けるための猶予はない。
直後巨木に殴られたような鈍い痛みが右腕に走り、突き抜けた衝撃は右脇腹に伝達された。
吹き飛ばされたと分ったのは普段ならあり得ない位置――――つまり空中――――からプールサイドを見ていたからだった。
「かはっ!」
飛ばされた方向が壁でなかったのは幸いだが、勢いよく打ち付けられた水面はコンクリート並みの硬さになっており、受けたダメージという意味ではあまり変わらなかった。
息が詰まり視界が一瞬ブラックアウトするも、顔をしかめつつ何とか水面に顔を出す。
ちょうどレニャが影の巨躯(といってももう既に大きさは人と同程度だが)に、バールを振るった所だった。
俺が攻撃された隙を逃さなかったのだろう。バールを受けた影がぐらりと揺れた。
だが倒れることなく両腕を交差させて青い髪の少女に強烈な突きを放つ。それを脇にいたキイが数本の光で弾き飛ばす。
一進一退の攻防。
2人の方が僅かに押しているように見えるが、これから先どう転ぶかわからない。
つまり今俺が優先すべきことはターゲットである真咲を安全な位置へと運ぶことだった。
しかし真咲が倒れているプールサイドへ移動しようとして、自分の足が思うように動かない事に気が付く。いや足だけでなく右腕も同様だ。
こりゃ折れているのかもしれない……って今は悠長に分析している場合じゃない。
痛みに耐えつつ動く部分を全力で使って泳ぐ。少しずつ前に進めてはいるが、傍から見れば溺れているようにしか見えないだろう(実際その一歩手前だ)。
「ちーくん!」
真咲が悲痛な声をあげてプールに飛び込んできた。
ってお前泳げないよね、確か!?
「ひゃっ……あぷっ」
水に顔を打ちつけ奇妙な声を出した真咲は、案の定そのまま手足をばたつかせながら沈んでいく。
おいおい! 痛む体を無理やり加速させて俺は沈む腕を掴んだ。
「落ち着け。大丈夫だ!」
パニックで暴れる真咲の身体をぎゅっと強く抱きしめる。
右腕と脇腹の痛みを堪えていると、やがてその暴れる動きも止まった。
「……落ち着いたか?」
「ご、ごめんなさい。あぷっ……真咲、助けようと」
「いい。取りあえずゆっくりな」
プールサイドまで4メートルほど。浮かせたままゆっくりと移動する際中にも、戦いの音が聞こえて来る。悪いがちょっと頑張っていてくれよ。
意識をプール際の戦いに注ぎつつ、ゆっくりと水をかき分け進む。
「……これで2度目ですね。ちーくんに助けて貰ったの」
「ん?」
左腕を掴む真咲の手に、微かに力が籠った。
「真咲が泳げなくなった原因の事故。ちーくん覚えていますか?」
覚えてないな。呟いた俺の背中から「だと思ってました」と小さな笑い声が聞こえた。
「幼稚園に入る少し前のことです。その日は随分と暖かくて、私は近くの小さな川で遊んでいたんです。大人なら立てる浅い川なのですが、うっかり足を滑らせた私は水を飲んでしまって、慌てているうちにどんどん深い方へ流されて行ってしまいました」
「そりゃ災難。でも今ここで生きているって事は、誰かに助けて貰ったって事だろ。良かったな」
「助けてくれたのはちーくんですけどね」
「俺⁉」
「はい。冷たい水の中で必至に手を動かして、やっとのことで掴んだ手、力強く引っ張ってくれた手の温かさは今でも覚えています……。お礼を言おうとしたら「礼はいらない。困っている女の子を助けただけだし」って言って、走って行ってしまいましたけど」
ふふっと、もう一度笑い声がした。
「名前も聞けなかった。何処の誰かも分からない。でもあの恰好よくはない顔は絶対に忘れない。でも幼稚園の入園式でまさかの再開を果たしたんです。運命だと思いました。だから真っ先に確保しようと思いました」
「……いや最後のはおかしくね?」
入園式に監禁された理由が初めて判明した。衝撃、というかそもそもその助けたのって本当に俺か?
「はい。だってカッコよくないにカッコイイのは、ちーくんに間違いないですもの」
「理由になってない気がするぞ」
「だからちーくんは私の王子様……。次は必ず私が助けると誓って……いた……んですよ」
背中に感じていた重さが増した。どうやら気を失ったようだ。こんな訳の分からない事に巻き込まれれば無理もないか。
とりあえず昔助けたという俺に一言言いたい。
余計な事を言わずさっさと立ち去っておけと。
そんな事を考えつつプールサイドにたどり着くと、ちょうどキイが最後の一撃を影の頭部に打ち付けた所だった。
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「ちょっと千秋! 大丈夫⁉」
走り寄ったキイが心配そうな声音で水際に浮かぶ俺に手を差し出した。
「ああ。腕と脇がやられたけど……痛みの感じから骨折はしてなさそうだ。悪いな、協力できない上に心配させて。助かった」
「べ、別に⁉ 千秋の戦力何て当てにしてないし……! し、心配してもいないし⁉ 一応? もし死んじゃったら宇宙船が無くなっちゃうし的な⁉」
キイは妙に赤くした顔を背けつつ、腕を組んでそっぽを向いた。
あの、とりあえずその手を掴んでもいいんですかね? ていうか俺が死んだら宇宙船無くなるのかよ……。大事なモノをうっかり拾うだけで契約させるのもそうだし、君んところのセキュリティがばがばすぎない?
結局自分で這い上がると、倒れた影の方を見やる。もう一人の功労者であるレニャが、倒れた脇で何か弄っていた。
「レニャ? 何してんだ?」
「んーと、『コート』のコマンド解除。あの「影」自体が強化系コマンドの施された特殊なコートなのじゃ。これはボクが使ってたミラージュコートの同系じゃの。ちょっと高価じゃが裏ルートで購入できないこともない。ほら、中のヤツが出てきたぞ」
ふっと霧が消えるかのように黒い影が消え去ると、うつ伏せに倒れた男が現れる。灰色のティーシャツにジーパンというカジュアルな服装だ。
「元々攻撃的なコマンドは使えないんじゃろう。強化コートさえ剥がしてしまえば脅威はない」
「うっ……」
男が頭を押さえながら起き上がる。振り向いたその顔を見て俺は息を飲んだ。
なぜなら。
「ヤスアキ……?」
見覚えがある―――――いやそれどころかここ一年で随分と仲良くなったはずの―――――人物だったから。




