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TOPAZ  作者: 流民
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後編

 そして一週間後、俺は一番最初に俺を『北欧神話の神々展』に連れて行った友達と、図書館で借りて来た本の知識を頭に詰め込み、セシリアとの待ち合わせ場所に急いだ。

 先にセシリアは着いていたようで、ベンチに腰掛け、俺を見つけると手を降って話しかけてくる。

「やっほー、ゼロ。少しは北欧神話の話ができるようになったかな?」

 元気に声を掛けてくるセシリア。

「ああ、前とは違う俺の実力を、見せて上げるよセシリア」

 俺は自信満々に答える。

 その日一日で俺とセシリアの関係は一気に近づいた。そして、そんな時間はあっという間に過ぎ去り、もうそろそろ日も暮れだし、辺りは夕闇が支配しだした。

「なあ、セシリア。これからも俺と会ってくれないかな?」

「そうね……ゼロがもっと北欧神話の勉強をしてくれたら考えてもいいわよ」

 悪戯っぽく笑うセシリア。

「ああ、もちろん。俺ももう北欧神話にはまっちまったからな。セシリアに会わなけりゃこんな風に、こんな話をする事もなかっただろうな」

 俺がそう言うと笑うセシリア。

「そうだ! なあ、セシリア。今度絵のモデルになってくれないか?」

 突然の俺の話に怪訝な顔をするセシリア。

「ああ、もちろんそんな変な絵じゃなくて、ちゃんとしたモデルだよ。俺、実は美大に通ってるんだけど、なかなかそうやってモデルになってくれる人って、あんまりいないんだよ。だから、お願いできないかな?」

 セシリアの顔を見て俺は慌ててそう嘘をつく。美大に行っている以上、モデルを前に絵を描く機会はかなりある。しかし、ロキの絵を描きたい。その思いが俺にこんな嘘をつかせてしまった。

「ふーん、美大に通ってんだ。うーん……まあ、いいよ。なんか面白そうだし。でも……」

「でも?」

「まさかヌードモデルじゃないでしょうね?」

「まさか! ちゃんと服を着たモデルだよ」

「ならいいよ。じゃあ、携帯の番号教えて」

 セシリアにそう言われ、俺は携帯を取り出し、番号を教える。

「じゃあ、また電話して!」

 そう言ってセシリアは手を振って帰っていく。俺はまたそれを見送り、自分も帰路につく。

 そしてその晩、また俺はロキの絵を描く。前にセシリアに会った時もそうだったが、今日の絵もまた前に比べると少しロキの微笑みに近づいたように感じた。

「まだだ……まだ時間が掛かりそうだけど。いつか俺は……」


それから数日後。俺はセシリアに連絡を入れると、セシリアは約束通り、俺の部屋に来てモデルになってくれた。

「ふーん……そんな顔するんだ。なんか意外」

 真剣にセシリアを描く俺の表情を見て、セシリアはよほど意外に思ったのだろう。俺はその声に曖昧な返事をしながら、必死に目の前のセシリアを描き続ける。

 ポーズを変えてもらい、何枚か描いたところで、セシリアは疲れたように声をかけてくる。

「まだ描くの?」

「え? ああ、もうこんな時間か。ごめんごめん」

 俺はよほど描き込んでいたのか、つい時間を忘れて描いてしまった。

「今日はこのくらいにしよう」

 窓から見える景色は、もう暗くなっていた。

「今日のお礼に飯でも奢るよ。何か食いに行こう」

 俺がそう言うと、セシリアは嬉しそうに微笑む。その笑顔は『微笑むロキ』の笑顔とそっくりで、俺はもう一枚その笑顔を描きたかったが、セシリアのお腹はそれを許さないようで、俺の腕を引き、部屋から連れ出されてしまった。

 その後、俺とセシリアは夕食を一緒に食べ、別れる。そして別れ際、俺はまたセシリアにモデルになってもらう約束を取り付け、家路をたどる。

 そんな事を何度も繰り返していくうちに、俺とセシリアは自然と一緒に住むようになり、そして俺が学校を卒業した所で、自然な流れでセシリアと結婚していた。

 もちろん、俺はそれを望んでいた。そう、ロキの絵を完成させたいが為だ。だが、セシリアが嫌いなわけでは無い。彼女との時間は、俺にとっては貴重な時間だったし、彼女も俺との時間を大切に思ってくれているのは解っていた。

 しかし、セシリアは時々寂しそうな顔を、俺に向ける時がある。その顔を見る度に、俺は罪悪感に打ちのめされる。

 セシリアと暮らし初めて、俺の描いた絵は徐々に認められるようになり、画家として暮らしていけるようになり始めたとき、俺は今のデザイン事務所を辞めた。

 もちろん、その絵のモデルは、あの時から変わらず、セシリアだ。時には北欧神話の絵を頼まれたりする事もあり、俺はいつしか、北欧神話を描く画家。として名を上げていった。だが、俺はいまだに『微笑むロキ』の笑顔を描ききることができないでいた。

 何度目の失敗だろう、もうほとんど俺の中でロキの絵を描く事を諦めかけていた時。セシリアの病気が解った。もう発見された時には手遅れの状態で、俺はしばらく、絵を描くことを辞め、セシリアの看病に努めたが、その甲斐もなく、セシリアはこの世を去っていった。

 そのセシリアとの最後の会話と、その時の顔を俺は今でも忘れることができない。


「ねえ、ゼロ」

「どうしたセシリア?」

「あなたは、私のことをちゃんと見ていてくれたの?」

 俺はセシリアの言葉に、黙ったままでいることしかできなかった。

「そう・・・・・・やっぱりあなたは変わってないのね、あの時と」

 セシリアは俺の気持ちを解った上でおれと一緒にいてくれたのか? そう思うと俺は胸が一杯になり、涙するしかできなかった。

「あなたはいつも私の眼を通して、ロキを見ていたのよね? ふふふ、私、知ってたよ。でもね、それでも良かった。あなたが私の事を描いているときに、私の瞳の向こうにいるロキを見ていたとしても、描き上がった絵は私だもの・・・・・・あなたをロキになんか渡さないんだから」

 俺は涙する事しかできなかった。

「すまない・・・・・・」

 セシリアのベッドの横に座る俺の頭に手を当て、優しく撫でながら微笑む。その笑顔は、俺の求めていた笑顔だった。そして、その笑顔が、俺が見たセシリアの最後の笑顔になった。


 俺はそれからロキの絵を書き続けた。それこそ若い時に描いた量を越えるくらい、俺の部屋はロキの絵で溢れていった。

 それから年月が過ぎ、もう絵を描けるほどの体力も無くなってきた。

「これが・・・・・・俺の最後の絵かな」

 その絵は俺が長年求めた物がだった。

 キャンバスに描かれたロキは穏やかに微笑み、あの時美術館で見た時以上の微笑みを俺に向けてくれた。

「やっと君に会えたね、ロキ」

『ふふふ、随分長いことかかったわね。でも、許してあげるわ。ようやくここまで書き上げたんだもの』

「許してくれるのかい?」

『ええ、もちろんよ』

 微笑みかけるロキ。

『もう、疲れたでしょ? これからは、私が一緒にいてあげるから、ゆっくりお休みなさい。セシリアも待っていてくれてるから』

「セシリアも?」

『ええ、向こうであなたが来るのを、ずっと待っていたわよ』

「俺の事を許してくれたのかセシリアは?」

『さあ、行きましょう』

 ロキは俺の手を取り、俺を連れて行く。身体はまるで羽根のように軽く、何処まででも飛んでいけそうな程だ。

「ああ、ロキ。みんなに挨拶だけさせてくれないか?」

 微笑みながらも頭を横に振るロキ。

『大丈夫。後でみんな来るわ。だから安心して』

「そうか・・・・・・なら良いんだ。じゃあ行こうロキ」




「お爺ちゃん。どうしたの? 今日は絵、描かないの?」

 双子の孫がゼロの身体を揺さぶりながら声を掛ける。しかし、ゼロからの反応は無い。

「お母さん! なんかお爺ちゃん変だよ!」

「どうしたのリウ、ルト?」

「お爺ちゃん動かない!」

 ゼロは、白いキャンバスの前で、何かをやり遂げた後のような、穏やかな微笑みを浮かべ、眠りについていた。


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