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プロローグ

「おはようございます、お父様」


 タイヤをカラカラと鳴らしながら、少女が頭を下げた。


 片方の目は少し飛び出している。

 両腕は左右で色も形も違った。

 どう見てもガラクタだった。


「アイリス? また目が外れかけてる!」


「問題ありません」


 アイリスは平然と答える。


「大丈夫じゃないでしょ! 昨日よりも飛び出してるよ? すぐに直すね? 痛くない?」

「大丈夫ですお父様。修理は時間の無駄です」


 軋んだ駆動音を立てながらアイリスがゼノから遠ざかる。


 廃屋の壁には刃こぼれした剣とヒビ割れた鏡。

 棚には火の消えかけた古いランプ。

 どれも王都なら、ゴミとして捨てられているような中古魔導具ばかりだった。


「マスター! 王都の男がこっちを見てるよ!」

 壁にかけられた魔鏡のミラーがガタガタ体を揺らす。

「へー。オレの美しさにとうとう気がついたか王都のやつらめ」

 ミラーは何故か自信満々だ。

「貴様! 我のことも磨かぬか!」

 魔剣のノワールがいら立つ。

「毎日磨いているじゃないか。あれ? 昨日はなかった傷がある。またどれくらい切れるか試していたな?」

「し……知らん! 我は誇り高き魔剣だ! 勝手な憶測で喋るでない!」

「もぅー。大事な体なんだから丁寧に扱ってよ?」

 ゼノはそう言いながら、ノワールのメンテナンスを開始した。

「ノワールのやつ顔が赤くなってるじゃん」

 ミラーがからかう。

「赤くなどなっておらぬ!」

「動くと時間の無駄です」



 見た目とは裏腹に、廃屋の中はいつも騒がしかった。


 ゼノは少しだけ嬉しそうに笑っていた。


 数ヶ月前まで。

 こんな日々が来るなんて、思ってもいなかった。


 ●


 数ヶ月前――


「能力、履歴鑑定」


 ギルド長が紙を読み上げる。


「道具の持ち主の過去を知る力。微細な傷や劣化を見抜き、修理に役立てる能力……」


 ギルド長はそこで鼻を鳴らした。


「くだらんな」


 査定場に笑いが漏れる。


 ゼノは俯いたまま、小さく拳を握った。


「えっと……その……」


「まだあるのか?」


「道具の記憶と残留思念にアクセスできます……」


「ほう?」


「道具と……対話ができます」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、査定場が爆笑に包まれた。


「道具と会話だと!?」

「頭がおかしいんじゃないか?」

「職人ごっこかよ!」


 ゼノは耐えるように、胸に抱えた剣を撫でた。


「だ、大丈夫だからね……れもん……」


「剣に名前付けてるぞコイツ!」


 笑い声がさらに大きくなる。


 ギルド長は呆れたように手を差し出した。


「その剣を寄越せ」


 ゼノは恐る恐る剣を渡した。


 白銀の刀身。

 磨き上げられた柄。

 龍の彫られた黒鞘。


 使い込まれているはずなのに、不思議なほど大切にされているのが分かる剣だった。


 ギルド長が剣を抜く。


 その瞬間――

 査定場が静まり返った。


「新品の方が優れているな」


 ギルド長は興味を失ったように吐き捨てた。


「そんな……!」


「壊れた道具に価値はない。壊れたなら捨てればいい」


 そう言ってギルド長は剣を床へ放り投げた。


 ガンッ、と鈍い音が鳴り響く。

 会場が嘲笑で包まれた。


 ゼノは反射的に飛び込んだ。


「ご、ごめんねれもん! 痛かったよね!?」

「道具は喋らん」

 ギルド長は冷たく言い放った。

 その目は、軽蔑の目をしていた。


 ゼノは、震える手で剣を抱きしめた。


「剣が泣いてるんです……!」

「くだらん」


 次の瞬間。

 ギルド長はゼノから剣を奪い取ると――

 パキン。

 剣を真っ二つに折った。


 ゼノは叫びにならない声をあげるが、ギルド長は淡々と次の言葉を告げた。


「貴様を追放する」


 査定場は、これを待っていたかのように静まり返った。


「5分以内に荷物をまとめろ」


 ギルド長の口癖だ。


 ●


 外は冷たい雨が降っていた。


 王都の外れには廃れた村がある。


 そこのゴミ捨て場の近くでゼノは呆然と立ち尽くしていた。

 その手には壊れた剣の破片を抱えていた。


「……ごめんね」


 直せなかった。

 守れなかった。

 れもんの声はもう聞こえない。


 魂が完全に死んでしまった物はいくらゼノでも直せない。


「せめて君のお墓を作らせてくれ……」

 ゼノはれもんとのお別れを本気で悲しみ、後悔し、声を枯らして泣いた。


 その時だった。


『……サビシイ』


 ノイズ混じりの声がした。


 思わずゼノは顔を上げて辺りを見渡す。


 ゴミ山の奥に、ボロボロの旧式魔導人形が転がっていた。


 両腕が欠損し、足も壊れている。


 魔導回路は剥き出しで両目は無い。


『……ステナイデ』


 ゼノは胸の奥が締め付けられるのを感じた。

 ――この子は泣いている。


「きっと王都の人が見たら笑うんだろうな」


 でも――


「……大丈夫」


 ゼノは静かに膝をつく。


「僕が君を直すから」


 ●


「部品が足りない……」


 カシャリ。

 ゴミ山に落ちていた最後の部品を嵌めた瞬間。


 少女の碧眼が淡く光を灯した。


「……起動確認」


 少女がぎこちなく顔を上げる。


「おはようございます、お父様」


 ゼノは目を丸くした。


「え……?」


 片目が外れ、四肢は無く、着ている服はボロボロだった。


 それでも――

 少女は確かに笑っているようにゼノには見えた。


「よろしくお願いします。お父様」


 少女はボロボロのスカートの裾をつまんで、貴族のようなお辞儀をした。


 ゼノは少しだけ困ったように笑う。


「うん。よろしくね、アイリス」

「あい……りす?」

 少女は小首を傾げる。

「うん。君の名前はアイリスだよ。よろしくね」


 その瞬間。

 ゴミ山に積まれていた廃棄魔導具たちが一斉に青白く瞬いた。


 まるで――

 新しい家族の誕生を祝福するみたいに。


 ●


 アイリスの足はゴミ捨て場に捨ててあったタイヤを取り付けた。


 両腕は、別の魔道具の腕。左右違うものになってしまった。

 それでもアイリスは喜んでくれた。


「ねぇアイリス」

「はい?」

「ここのゴミ捨て場にあるゴミって王都のゴミ?」

「そうです。毎日毎日廃品がここの村のどこかに捨てられます」

「てことは、この村を探せば君の本当の体の部品も見つかるかもしれないね!」

「それは時間の無駄です」

「無駄じゃないよ」

「時間の無駄です。今のままで十分です」

「それならば妥協案だ。君を更に良くするための部品を探すならどうだい?」

「アップグレード目的なら許容します。具体的な行程を教えてください」

「それは後からじっくり考えるよ。とりあえず家に帰ろう!」

「わかりました。家はどこですか?」

「これから探すんだよ」

「非効率的です」

「うるさい!」


「それならオレも一緒に連れてってくれよ」

 ゼノとアイリスがゴミ山に背を向けると、背後から声がした。

【読者の皆様へ】

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