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第一話 物流はコスト部門です

異世界転生ものです。

ただし、剣でも魔法でもなく、物流で異世界をどうにかする話です。

派手な無双ではなく、

「必要なものを、必要な場所へ届ける」

という地味な仕事が、少しずつ人を救い、軍を変え、国を動かしていく物語になる予定です。

まずは第一話。

元物流マン、異世界へ行きます。

第一話 物流はコスト部門です


 物流は、止まって初めて存在を思い出される仕事だ。


 荷物が予定通り届いている間、誰も倉庫のことなど気にしない。


 棚に商品があるのは当たり前。


 病院に薬が届くのも当たり前。


 コンビニに弁当が並ぶのも当たり前。


 客の家に翌日荷物が届くのも当たり前。


 だが、その当たり前が一度崩れると、途端に全員が騒ぎ出す。


「田中さん、三番バース詰まってます!」


「北ルート、雪で高速止まりました!」


「冷蔵便の積み替え、まだ終わってません!」


「本社から電話です! 復旧見込みを出せって!」


 午後九時。


 中堅物流会社、東関東配送センター。


 外は大雪だった。


 田中誠一は、濡れた作業靴のまま、事務所と倉庫を何度も往復していた。


 四十五歳。


 役職は配送センター副所長。


 肩書きだけ聞けば管理職だが、実態は何でも屋だった。


 現場が詰まればフォークリフトの段取りを見る。


 ドライバーが足りなければ配車を組み替える。


 本社が無理を言えば頭を下げる。


 客先が怒れば電話に出る。


 若手がミスをすれば一緒に謝る。


 上からは現場寄りすぎると言われ、現場からは上の人間だと思われる。


 いつものことだった。


「田中さん、本社からです。医薬品便だけは絶対に遅らせるなって」


「それは遅らせない」


 誠一は即答した。


 パソコンの画面には、赤く染まった配送状況が並んでいる。


 遅延。


 遅延。


 積み残し。


 車両不足。


 ルート変更。


 雪の影響で、通常の配送網は半分死んでいた。


 それでも、すべての荷物が同じ優先順位ではない。


 明日の朝に届けばいい雑貨もある。


 一日遅れても命に関わらない家具もある。


 だが、病院に向かう医薬品だけは違う。


 あれは止められない。


「北ルートの二号車、今どこだ?」


「サービスエリアで足止めです。チェーン規制で進めないそうです」


「荷室の中身は?」


「医薬品、保冷箱が八ケース。あと通常便が二十六ケースです」


「通常便は明日へ回す。保冷箱八ケースだけ軽バンに積み替えろ」


「でも、軽バンはもう空きが――」


「五号車が戻ってきてる。積載は足りる。ドライバーは?」


「山下さんが休憩中です」


「山下さんは連続運転時間が危ない。駄目だ。俺が行く」


「田中さんがですか?」


「免許はある。道もわかる。今は議論してる時間がない」


 誠一はホワイトボードの前に立ち、太いペンで配送ルートを書き直した。


「三番バースは冷蔵優先。常温便は六番へ逃がせ。七番の荷物は後回し。小島くん、病院へ連絡。遅延見込みは一時間半。ただし本日中には必ず届ける」


「はい!」


「総務に言って、毛布とカイロをドライバー待機室へ回せ。外で待たせるな。風邪引かせたら明日もっと詰む」


「わかりました!」


 倉庫内に怒号と足音が響く。


 誰もが疲れていた。


 誰もが苛立っていた。


 それでも、荷物は動かさなければならない。


 動かさなければ、どこかで誰かが困る。


 誠一はそういう仕事を、二十年以上続けてきた。


 だが、会社でその仕事が高く評価されたことは、ほとんどない。


 営業は言う。


 売上を作っているのは自分たちだ、と。


 本社は言う。


 物流費をもっと削れ、と。


 若手社員は言う。


 田中さんのやり方は古い、と。


 家族も、よくわかっていなかった。


 妻には以前、こう言われた。


「あなたの仕事って、結局、荷物を右から左に動かしてるだけでしょ?」


 娘には笑われたこともある。


「パパの仕事、倉庫の片付けみたいなやつ?」


 誠一はその時、うまく言い返せなかった。


 実際、倉庫の片付けも仕事のうちだったからだ。


 ただ、心の中では思っていた。


 その片付けができていない会社は、普通に死ぬぞ、と。


「田中さん、防寒着!」


 若手の小島が、倉庫の奥から作業用ジャンパーを持ってきた。


「ああ、助かる」


「本当に行くんですか?」


「行く」


「副所長が行く仕事じゃないですよ」


「届かなきゃ、副所長も所長も関係ない」


 誠一はジャンパーを羽織り、軍手をはめた。


 五号車の荷台に、保冷箱八ケースが積まれている。


 納品先は、山間部の総合病院。


 雪道で通常より時間はかかる。


 だが、行けない距離ではない。


 誠一は荷台の固定ベルトを確認した。


 緩みなし。


 保冷箱の温度表示を確認する。


 問題なし。


 伝票を確認する。


 八ケース、すべて揃っている。


 当たり前の確認だ。


 だが、当たり前を飛ばすと事故になる。


 事故になれば、現場が泣く。


 客が怒る。


 誰かが困る。


「行ってくる。二時間で戻る」


「気をつけてください」


「ああ。小島くん」


「はい」


「四番バースの冷凍品、積み残すな。あれは明朝便に回せない」


「わかってます」


「わかってるならいい」


 誠一は軽く笑って、運転席に乗り込んだ。


 エンジンをかける。


 フロントガラスの向こうで、雪が横殴りに流れていた。


 センターを出ると、道路は白く染まっていた。


 街灯の光が雪に反射し、視界が悪い。


 誠一は速度を落とし、いつもより慎重に車を走らせた。


 頭の中では、まだ倉庫の状況を追っていた。


 三番バースは動いたか。


 六番への退避は間に合ったか。


 山下は休ませたか。


 冷凍便は積めたか。


 本社からまた電話が来ているだろう。


 だが、今はこの八ケースだ。


 この八ケースだけは、絶対に届ける。


 病院に着いたのは、予定より四十分遅れだった。


 それでも、日付は変わっていない。


 裏口の搬入口には、白衣の男性と事務員らしき女性が待っていた。


「東関東配送センターです。医薬品八ケース、納品に来ました」


「助かりました。明日の朝、手術が入っていて……」


「温度確認お願いします」


「はい」


 保冷箱が一つずつ下ろされていく。


 受領印が押される。


 八ケース、すべて納品完了。


 白衣の男性が深く頭を下げた。


「本当にありがとうございます。この雪だから、今日は無理かと」


「届いたなら、それでいいです」


 誠一はそう言って、伝票をしまった。


 それ以上の言葉は出てこなかった。


 感謝されるために運んだわけではない。


 必要なものを、必要な場所へ届けただけだ。


 センターへ戻る途中、雪はさらに強くなった。


 対向車のライトが滲む。


 疲労でまぶたが重い。


 それでも、誠一はハンドルを握り直した。


 戻ったら、次は明朝便の組み直しだ。


 ドライバーの点呼も必要だ。


 雪で遅れた分、明日はもっと厳しい。


 やることはいくらでもある。


 その時だった。


 右手の脇道から、トラックのライトが大きく揺れた。


 スリップ。


 そう判断した瞬間、誠一はブレーキを踏んだ。


 だが、路面は凍っていた。


 視界が白く弾けた。


 衝撃。


 金属音。


 身体が浮く感覚。


 そして、奇妙なほど静かな時間。


 誠一は、なぜか病院の搬入口を思い出していた。


 八ケース。


 全部、届いた。


 なら、いいか。


 意識が暗く沈んでいった。


 次に目を開けた時、誠一は冷たい床に倒れていた。


 最初に感じたのは、石の匂いだった。


 次に、古い木材と、湿った麻袋の臭い。


 それから、鼻をつく酸っぱい臭い。


 腐りかけの穀物に似ていた。


「……どこだ、ここ」


 身体を起こす。


 見慣れた配送センターではなかった。


 蛍光灯もない。


 フォークリフトもない。


 パレットもない。


 代わりに、石壁の倉庫。


 粗末な木箱。


 積み上げられた麻袋。


 壁に掛かった松明。


 天井近くの小窓から、薄い光が差し込んでいた。


 誠一は立ち上がろうとして、違和感に気づいた。


 身体が軽い。


 手を見る。


 皺が少ない。


 指も細い。


 作業で荒れていた手ではない。


 若い。


「……は?」


 近くにあった金属板に、ぼんやりと自分の顔が映った。


 そこにいたのは、四十五歳の田中誠一ではなかった。


 黒髪黒目の、十八歳か二十歳くらいの青年。


 顔立ちは自分に似ている。


 だが、若い。


 若すぎる。


 誠一は額を押さえた。


 記憶はある。


 事故。


 雪道。


 医薬品。


 衝突。


 そこまでは覚えている。


 だが、ここがどこなのかはわからない。


 その時、倉庫の扉が乱暴に開いた。


「おい、セイ。いつまで倉庫で寝てやがる!」


 入ってきたのは、革鎧を着た大柄な男だった。


 腰には剣。


 背中には槍。


 どう見ても、現代日本の配送センターにはいない種類の人間だった。


「セイ?」


「お前だ、お前。寝ぼけてるのか?」


 男は苛立った様子で近づいてきた。


「今日はスキル鑑定の日だろうが。王都から鑑定官が来ている。さっさと広場に行け」


「スキル……鑑定?」


「本当に寝ぼけてるのか? 頭でも打ったか」


 スキル。


 鑑定官。


 王都。


 知らない単語が並ぶ。


 だが、誠一はひとまず状況を確認することにした。


 混乱している時ほど、目の前の作業を分解する。


 それが癖だった。


 自分の名前は、どうやらセイ。


 場所は倉庫。


 これからスキル鑑定。


 相手は自分を知っている。


 少なくとも、今すぐ殺される状況ではない。


「……わかりました。行きます」


「お前、言葉が変だぞ。まあいい。早くしろ」


 男はそれだけ言うと、背を向けた。


 誠一――いや、セイは倉庫の中をもう一度見回した。


 麻袋。


 木箱。


 樽。


 干し肉。


 矢束。


 薪。


 薬草らしき束。


 そして、明らかに湿気を吸った小麦。


 入口近くに重いものがあり、奥に頻繁に使いそうなものがある。


 同じ品目が別々の場所に積まれている。


 古い袋と新しい袋が混在している。


 床に直置き。


 虫害の痕跡。


 水漏れの跡。


 帳簿らしき板はあるが、更新されている気配が薄い。


 セイは思わず呟いた。


「……これ、棚卸しからやり直しだな」


 その瞬間だった。


 視界の端に、半透明の文字が浮かんだ。


 小麦袋:五十六。


 うち劣化:十二。


 干し肉:二十三。


 うち虫害:四。


 矢束:十八。


 帳簿記載との差異:七束不足。


 薬草:九束。


 有効期限切れ相当:三束。


 腐りかけの小麦袋だけが、薄い赤で縁取られて見えた。


 足りない矢束の棚には、青白い空白が残っている。


 入口から奥へ向かう細い光の線が、途中で何本も途切れていた。


 物の数。


 状態。


 不足。


 差異。


 それが、直感的にわかる。


「……何だ、これ」


 驚きはあった。


 だが、それ以上に、妙な納得もあった。


 物流会社で二十年以上、毎日見ていたものだ。


 在庫。


 劣化。


 欠品。


 帳簿差異。


 どこの世界に来ようと、倉庫の問題は変わらないらしい。


「セイ! 早くしろ!」


 外から怒鳴り声が飛んできた。


「今行きます」


 セイは倉庫を出た。


 外は、王都補給局の中庭だった。


 石壁に囲まれた広場の向こうには、軍用倉庫と兵舎が並んでいる。


 荷馬車。


 馬。


 槍。


 鎧。


 訓練中の兵士たち。


 遠くには、白い尖塔の建物が見える。


 完全に異世界だった。


 広場の中央には、白い法衣を着た老人が立っていた。


 その前に、十数人の若者が並んでいる。


 鑑定官らしい。


 順番に水晶へ手を置き、周囲の者が歓声やため息を漏らしている。


「剣術強化!」


「火炎魔法!」


「治癒術だ!」


 強いスキルが出るたび、周囲が盛り上がる。


 セイの番が来た。


「名は?」


「セイ・タナカ、です」


 鑑定官が眉をひそめた。


「珍しい名だな。まあよい。手を置け」


 セイは水晶に手を置いた。


 淡い光が水晶の中に灯る。


 鑑定官は目を細め、浮かび上がった文字を読み上げた。


「スキル……《在庫最適化》」


 広場が静まった。


 誰かが小さく笑った。


「在庫?」


「荷物の数でも数えるのか?」


「商人にでもなればいいんじゃないか」


「いや、商人だってもっと役に立つスキルを欲しがるだろ」


 鑑定官は咳払いをした。


「効果は、管理下にある物資の数量を把握し、過不足を調整する……とある」


 笑い声が広がった。


「戦場で荷物を数えるのかよ」


「数え役だな」


「倉庫番にはちょうどいい」


 セイは水晶から手を離した。


 外れ。


 そう言われても、不思議と腹は立たなかった。


 むしろ、先ほどの倉庫内の光景を思い出していた。


 小麦袋五十六。


 劣化十二。


 矢束七不足。


 薬草三束期限切れ。


 あれが本当に見えるなら、外れではない。


 少なくとも、あの倉庫では使える。


 そして、倉庫が死んでいる組織は、大抵そのうち全体が死ぬ。


 広場の奥、ひときわ身なりの良い青年が退屈そうにこちらを見ていた。


 金髪。


 白銀の鎧。


 周囲の兵士たちが一歩引いている。


 王族か、それに近い人物だろう。


 彼は鑑定官から結果を聞くと、鼻で笑った。


「王国に必要なのは、剣を取れる者だ。物を数える者ではない」


 広場の空気が静かになる。


 金髪の青年は続けた。


「戦場に立たぬ者が、戦を語ることはできん。北東のグレイン砦へ送れ。あそこなら、数え役も必要だろう」


 周囲がざわついた。


「グレイン砦って、最果ての?」


「補給もまともに届かない捨て砦だろ」


「外れスキルにはちょうどいい」


 金髪の青年は、セイに一瞥をくれた。


「王国は役立たずを遊ばせておくほど余裕はない。荷物の数がわかるなら、荷物でも数えていろ」


 セイは軽く頭を下げた。


 腹は立たなかった。


 少しだけ、前の会社を思い出した。


 物流はコスト部門。


 倉庫は誰でもできる。


 荷物を右から左へ動かすだけ。


 同じだ。


 世界が変わっても、地味な仕事は軽く見られるらしい。


 ただ、セイは思う。


 グレイン砦。


 北東の最果て。


 補給もまともに届かない捨て砦。


 倉庫係。


 それは、つまり。


 やることが山ほどある、ということだ。


 セイは広場を離れ、出立前にもう一度、王都補給局の倉庫の方を見た。


 腐りかけの小麦。


 足りない矢。


 劣化した薬草。


 湿った薪。


 雑な帳簿。


 あの状態で戦場へ出れば、人は死ぬ。


 剣で斬られる前に。


 魔法で焼かれる前に。


 腹を壊し、薬がなく、矢が尽き、靴が破れ、眠れず、倒れる。


 セイは小さく息を吐いた。


「倉庫番か」


 悪くない。


 少なくとも、何をすればいいかはわかる。


 彼は誰にも聞こえない声で呟いた。


「気合いで荷物は届かないんだけどな」


 その日、田中誠一はセイ・タナカとして、異世界の外れスキル持ちになった。


 剣は振れない。


 派手な魔法も使えない。


 けれど、足りないものは見える。


 腐った食料も、届いていない荷物も見える。


 それなら、やることは一つだ。


 まずは、届ける。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第一話は、主人公・田中誠一が「何を大事にしている人間なのか」を見せる回でした。

彼は勇者でも騎士でもありません。

ただ、届くべきものを届けたい人です。

次回から、セイは北東の最果て、グレイン砦へ向かいます。

補給もまともに届かない砦で、彼の《在庫最適化》が最初に何を変えるのか。

次回、

第二話 この砦は、倉庫から死んでいる

温かいスープの話です。

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