1.消えたきみと春
いつも通りの日常が、今日も過ぎていく。
白い肌の、少女と共に。
「ねー、澄晴。今日って部活あるの〜?」
ないなら一緒に帰ろ、という幼なじみの咲良。
そんな咲良をうっとうしく思うことも、もうなくなった。
相変わらず、なんで咲良が俺に執着するのかはわからないけど。
「今日はあるから、また今度な」
「うん。また今度ね!」
その『また今度』は、いつか来るんだろうか。
春にはピンク色の花を咲かせていたはずの木の横を通り過ぎる。
そんな木のことは、誰も気にしていない。
だってもう、桜は咲いていないのだから。
「ねぇ、知ってる?」
何を、と返した。
「桜の花言葉。さっきからずっと桜の木の方見てたから、知ってるのかなって」
「暴論だな。そして花言葉なんか知らない」
どんなのなんだ?と聞くと、咲良は待ってましたとでも言うように、目を輝かせて話し出す。
「えーとね、純潔とか、精神の美とか!」
あとは、私を忘れないで、ってのも……という咲良の声を遮るように、別の声が聞こえた。
「忘れるわけないだろ」
その声は、間違いなく自分のものだった。
どうにかその発言を取り返そうとしたところで、咲良が口を開いた。
「まぁ確かにね〜。ありがと、澄晴」
咲良は、特に気にした様子もなく、上機嫌そうに前を歩く。
俺は、置いていかれないように歩くペースを早めた。
「それにしても……純潔、か。咲良らしいな」
視線を感じて、慌てて肌白いし、と付け足す。
その言葉が、どれだけの意味を持つかはわからないけれど。
「え、何々?全然聞こえなかったからもっかい言って?」
「言わねぇよ。ひとりごとだから気にすんな」
そう言われたって〜、と口を尖らせる咲良のことは気にせず、少し下を向く。
その瞬間、ポキ、と音を立てて、枝が折れた。
もう何の木なのかわからなくなった、桜の木の枝が。
地面にキスをした花びらが、枝の片割れにしがみつく。
その様子をちらりと見た後、明後日の方向を向いている咲良に声をかけた。
「咲良、早くしないと遅刻するぞ」
「え、まだそんな時間じゃないでしょ?よゆーよゆー」
俺は黙って時計の方を指さした。
8時15分を指す時計を。
その瞬間、風が吹く。
走り出した咲良は、当然ながら隣にはいない。
「あ、おい!待てよ!」
咲良が一瞬、こちらの方を振り向く。
その笑顔に、思わず目が眩んだ。
「待たない!ほら、早くしないと遅刻するよ〜!」
一瞬だけ、すっかり開いた俺と咲良の間を隔てるように桜吹雪が舞っていた。




