38話 バームクーヘンの箱
真昼は日奈を家から連れ出した。それから日奈の手を握りながら、ただ歩いていく。
日奈は真昼に手を引かれながら、ただ見つめるだけだ。すべては真昼に委ねればいい、そう思いながら。
「ねぇ、日奈ちゃん。どこ行きたい?」
「真昼さんが、決めて」
「うーん。それじゃ、答えになってないよ」
日奈は虚ろな目をして、ただ真昼に手を引かれるだけだった。
そんな日奈の顔を真昼は見ないまま、笑顔を絶やさない。
「そーだねー。海とか見たいね」
「こんな時間、暗くて何も見えないよ」
「じゃあ私の家行く?」
「え?」
日奈は思わず驚いた。
真昼の家に行くということは、真昼の妹、つまりは真夜がいるということだった。
日奈はさっき真夜と一言も離さずに去ってしまったから、余計会うのが気まずいと思っていた。
「真昼さんの家って、真夜ちゃんがいるから」
「うん? 真夜ちゃんと何かあったの?」
「いや、何でもない……」
「まあ、私は真夜と今会うの、気まずいんだけどね」
「え、真昼さんも……」
「うん。日奈連れ出すと真夜の前で宣言しちゃって。そんでもって家に置いていっちゃって」
「何やってるんですか」
日奈はジト目で言った。
「でもね。日奈ちゃんも連れてこれたし、これで目的達成! ってことで、各々気まずいかもだけど、これからは三人一緒ってことでここは丸く収めましょ」
「いいのかな……」
日奈は少し疑問に思いつつも真昼について行くことにした。
*
「あれ、真夜ちゃん、いない……」
真昼は玄関のドアを開き、靴がないことを確認してから、そう呟いた。
日奈はそれを聞き、少しホッとした自分、そんなホッとする自分に対しての嫌悪感が押し寄せた。
自分はなんて最低な人間なんだと。
そして真夜と会えなかったということ、それだけでさらに会うのが億劫になりつつあった。
そんな感情に渦巻いてしまった日奈は、いつの間にか涙が頬を伝った。
「日奈ちゃん。大丈夫?」
真昼はそう言いながら、日奈の頭を撫でた。
「大丈夫だから。日奈は何も考えなくていい……。あ、そうだ! 冷蔵庫に美味しいバームクーヘンあるからさ、一緒に食べよ!」
「うん……」
日奈は涙を拭って、頷いた。
真昼に案内されて、日奈はリビングのソファーに座った。
日奈は真昼から渡されたバームクーヘンをモゴモゴと頬張っていた。
そんな中、真昼は台所の戸棚からガサゴソと何か箱らしきものを取り出して、日奈の目の前にある机に置いた。
「真昼さん。これは……」
「これはね、開けてみる?」
「うん」
日奈は箱を開けてみることにした。
「これって……」
日奈は箱から手紙を取り出した。
それから差出人の名前を読み上げた。
「七せま夜……」
「うん。これは、その……。妹のなんだよ」
「真夜ちゃんの……」
「うん。読んでみる?」
「いいの?」
「うん。いいよ」
日奈は手紙を開いて黙読した。
それから少し微笑んだ。
「真夜ちゃんって、元々海外住みだったんだ」
「そうだったのよ。真夜ちゃんと昔は離れ離れで、そうこの手紙が届いたのは、ちょうど日奈ちゃんと初めて会った頃」
「確かあれは……」
日奈は言いかけながら、過去に思いを馳せていた。
それは初めて真昼と会った日のことを。
真昼はあの日、家から逃げ出して、日奈の実家にたどり着いたと。
「私は日奈ちゃんと会えて本当に嬉しい。だからさ日奈が幸せになる手伝いを私はしなくてはならない。そして日奈ちゃんに真夜ちゃんのことを、妹のことを託したいって思っているの」
「えっ、それってどういうこと?」
「私は最初から日奈ちゃんを拉致したり、監禁したりする気はなかった。ただ、日奈ちゃんにはほら、家族と一緒に暮らすことに抵抗があるんじゃいかなって」
真昼が言う通り、日奈はあの家に帰ることが気まずくて居心地が悪かった。
だからこそ、あのとき真昼が連れ出そうとしたとき、最初は驚いた。
それでも真昼の言葉を聞き、すべて委ねてしまえばいいだなんて思ってしまっていった。
そう、ほかのことがどうでもいいかのように。
「真昼さん。その、本当は私を連れ出して何をするつもりだったんですか?」
「えっと私はー」
真昼は日奈に微笑みながら言った。
「私、言ったよね。今日は日奈ちゃんのこと、買うって」
「そんなことだけで」
「うん。そんなことだけで。それでいて、日奈ちゃんに対しての気持ちは変わらないよ。私は、日奈ちゃんのことが好き」
「えっ……」
日奈は驚いていた。
「嘘じゃないよ。なんなら、今、ここで証明でもしてみる?」
真昼はそう言いながら、日奈の顔に近づく。
日奈は目を閉じた。
「なーんてね」
真昼はそう言いながら、クスッと笑った。
日奈はからかわれたと気づき、顔を赤くして恥ずかしそうに見つめた。
「か、からかわないでください……。ほんと、うにされるかと思っちゃって……」
「初心だねぇ~。日奈ちゃん」
「ば、ばかぁー!!」
日奈は顔を赤くしたまま、叫んだ。
「ねぇ、日奈ちゃん」
「なんですか。もう」
「好き、ちゅ」
真昼は日奈の頬にキスをした。
日奈はポカーンとして、それからすぐにキスをされた頬を撫でた。
「へ、へ」
「動揺しすぎだって。私だって昔、真夜にやったことあるって、これくらい」
「そ、それでも、だ、だめでしゅ」
日奈は動揺しながら舌を噛んだ。
そんな日奈を見て真昼は微笑んでいた。
「ねぇ、やっぱ、今から海、見に行かない?」
真昼はそう提案してきたのだった。




