22話 ドーナツ好きのロンド
駅前にある何の変哲もない、ただのドーナツ屋。
そんなドーナツ屋を訝しそうに眺める少女が一人。
少女の名は日奈。フードを深々と被る少女。
日奈は目を細めながら、疑い深く、ドーナツ屋のガラス越しにいる誰かを見ていた。
なぜそんな風に日奈が見ていたのか。それはガラス越しにいる少女が気になったからだ。
ガラス越しに黒ニット帽の制服を着た金髪少女が一人。なぜか室内でサングラスをかけていた。
そんな少女はドーナツを一齧りすると、少し嫌そうな顔をした。
「くそ、まじぃ」
なんでそんなこと言うの、と日奈は首を傾げた。それからあれは真夜?と疑った。
確かに真夜は金髪といった特徴的な容姿をしていて、それにその横顔は正しく、日奈が知っているはずの真夜?だった。
金髪少女は日奈を凝視した。
日奈はドキッと肩をピクつかせた。それから後ずさりし、逃げようとしていた。
「待ってよ!」
金髪の少女は逃げようとする日奈を呼び止めた。
「ひぃぃ……」
日奈は思わず弱気な声を出した。
金髪少女はドーナツ屋を出て、こっちに向かってきた。
そして日奈の前で立ち止まった。
「なんで逃げようするの、日奈?」
「いや、べ、別に。邪魔しちゃ、悪いって思って」
日奈はそれっぽい理由をだらだらと話し始めた。
金髪少女はやれやれと呆れた様子で見つつ、
「私のこと、分かる?」
「真夜、のふりをしている?」
「んー。どっちがいい? いや、この場合は、日奈ちゃんだったらどっちがいい?」
「どういう意味?」
日奈は首を傾げた。
そんな日奈を見て、金髪少女は笑った。
「今日は真夜ってことでいいんじゃない?」
「あの、その真昼さん、ですよね」
「知っていたんなら、言いなさい」
「いや、その、真昼さんもそういう趣味ってことで……」
「んー。ま、いっか!」
真昼はなぜか納得したかのように答えた。
*
日奈と真昼はドーナツ屋にある二人用テーブル席に座った。
真昼はテーブルに並べられたドーナツを吟味していた。
日奈は不思議そうに聞いていた。
「何かドーナツにおかしなことでも?」
「んー。ドーナツってなんで穴が開いているのかなって? 考えてみたんだけど」
「それはドーナツ全体に熱が入る様に、ドーナツを開発した人がそうしたんだと思います」
「ドーナツに詳しいんだね。日奈ちゃんってやっぱりドーナツが好きなの?」
「まあ、嫌いじゃないです。好きでもないです」
「んー。つまりは普通ってこと?」
「まあ、そんなところですね。甘いの本当は好きじゃないので」
「え、以外! 日奈ちゃんは甘いのが好きだとてっきり勘違いしていたよ。なんというか今の日奈ちゃんみたいに?」
「何が言いたいんです?」
日奈の表情が少し曇った。
「まあまあ落ち着いて。でも、それは事実でしょ。もめ事が嫌いだからって、過去から逃げて、親から逃げて。そんなの甘すぎるね」
「私は逃げていません!」
「いや、逃げてる。だから今の生活をしている。でも、いつか壊れるよ。高校生ごときが、そんな大人の真似事なんて馬鹿げている」
「真昼さん、なんでそんなこと言うの」
「いや、日奈ちゃんのことを思っての言葉だよ。君はさっさと実家に帰りなよ。君が傷つくことになる」
「それって前にも言ってましたよね。私がいつ、どのように傷つくんですか」
「そうねー」
真昼は少し考え込むように天井を仰ぎ、それからコーヒーを一口飲んだ。
「ま! 良いんじゃない!」
「え?」
「今のままでもいいってこと」
「真昼さんはどっちなんですか。私に帰ってほしいのか、それともこのままでいいのか。はっきり言ってください」
「それは酷いよ。私に日奈ちゃんの人生をゆだねるようで。もし何かあったら、私が悪いみたいじゃない。まあ私はあくまで助言ってところだよ」
「分かりました。変な質問してしまって、すみません」
「いいよ! でもまあ、この状況の日奈ちゃん見ていると青春だねって思わせてくれるよ。オーディエンス視点からすれば面白いよ」
「私のことからかっています?」
「うん」
「正直ですね……」
日奈は呆れて、さっきまでの怒りの熱も冷めつつあった。
「ねえ、日奈ちゃん。今日この後暇?」
「まあ、一応、バイトまで時間は少しありますけど」
「そう」
真昼はバッグから財布を取り出した。それから財布からいくつか万札を取り出してテーブルに置いた。
そこで真昼は不敵な笑みを眺めながらこう言った。
「今日一日、これで日奈ちゃん買える?」
「や、やめてください。こんなところでそんな大金。それに私は売り物じゃないので」
「あー。言い方間違えたね。じゃあこう言うよ」
真昼は日奈の耳元に近づき、囁くような声色で、
「私とデートしよう」
日奈は一気に顔を赤くした。
「え、ちょっと」
「ふふ。日奈ちゃん可愛い」
「や、やめてください」
「でも、私は本気だよ」
「それってどういう意味ですか……」
「うーん。日奈ちゃんの想像にお任せします」
日奈は一瞬、想像しそうになりつつ、すぐにその邪念を振り払った。
それから真昼は日奈を連れ出し、ドーナツ屋を出たのだった。




