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見抜かれた心

 神田にある初級ダンジョン『黄泉比良坂』。

 そこの50階層に現れるラスボスは、ほとんどのリスナーから嫌われていた。


『ついにラスボスか!マジで二十四時間ぶっ通しで駆け抜けたな』

『観てるこっちも戦いだったわ……エナドリがダースで消えた……』

『でも最後はアレだろ?ちょっと直視できねえんだよな』

『アレは俺も無理だわ。グロ耐性ないとキツいって』

『一階の亡者のほうが、まだ可愛げあるわ』

『いや、あいつらに可愛げはない』

『……なあ、閃シューの様子おかしくね?固まってんぞ?』

『初見ならさすがにビビるだろ。巨大なドロドロゾンビだぞ』

『ニオイとかもヤバそうだよな……もう画面越しに漂ってくるわ』

 

 リスナーたちのコメントは、次第に成男たちが何分でボスを倒すのかに変わっていく。

 しかしダンジョンの中は、そんな緩んだネットの住人たちとは真逆の状況に陥っていた。

 


「成男!どうしたの!?しっかりして!」


 真白が必死に叫ぶが、成男は震えて固まったまま。

 その視線は、ただ一点を見つめていた。


 三人の目の前には、巨人が立っている。

 だが、その姿は思わず目を覆うものだった。

 目鼻や耳は窪みでしかなく、口は空いているが呻き声を上げるのみ。

 皮膚は爛れて溶けており、液状となって垂れている。

 そのピンク色の液体が落ちた地面には焼けたような音が響き、刺激臭を放つ黒い煙が立ち昇った。

 

 マンションほどもある巨大な体からは常に瘴気があふれ出し、広間に腐った匂いを充満させていく。

 常人ならその場にいるだけで昏倒するか、正気を失ってしまうだろう。


 そんな状況の中、いまだ成男の視線は腐れ落ちた巨人の身体から離れない。

 大きな瞳を見開いたまま、口を開けて我を失くしているようだった。


「マシロさん!このボス、マジでキモいから早く倒しましょうよ!」


「でも、成男がおかしいの!こんな彼は見たことないのよ!」


 今日、初めての動揺を見せる真白に、由貴が励ますような言葉をかける。


「あたしも初めて動画で見た時はビビって固まりましたよ!倒しちゃえば問題ありませんって!」


「成男をアナタと一緒にしないで!」


「え……あ、あの……すみません……」


 余裕なく由貴に怒鳴る真白。

 そこにいつもの優雅さはなかった。


「成男!ねぇ!大丈夫なの!?」


 申し訳なさそうな顔をする由貴を気にもせず、成男の肩を必死に揺さぶる真白。

 だが、成男は震えを止めずに、呆然と巨人を見上げるだけで反応を示さない。


「……どうしたというの?」


 遅れてきたヒルコが、怪訝な顔でそのやり取りを見つめていた。

 

 ストーカーリングを見ても、成男の身体に異常はない。

 いや、よく見ると違う。

 彼の心臓だけが、悲鳴を上げているように赤く染まっていた。


「アイツに何が起きたっていうのよ……」


 このダンジョンのラスボス『腐れ巨人』。

 状態異常を引き起こす瘴気を辺りにばら撒き、その巨大な質量による打撃と異常な回復力で、アセンダーたちを苦しめるモンスター。

 一定量ダメージを与えると口から光線を放つことから、ネットでは“巨神兵”などとも呼ばれている。


「……これを恐れる男だったの?」


 ヒルコは明らかに苛立ちを隠せずにいた。

 そこには勝手な願望を押しつけ、勝手に幻滅している自分への怒りもあったのだろう。

 

「その程度で……偉そうに人を語らないでよ!」


 その声に同調するかのように、巨人が動き始めた。

 巨体を揺らし、溶けた皮膚を辺りに撒き散らしながら大きく振りかぶった拳。

 それが成男を目がけ、打ち下ろそうと勢いをつける。


 真白が成男を守るように、両手を広げ立ちはだかった。

 だが次の瞬間、彼女の体が横に吹き飛ばされる。


「……邪魔だ!」


 それを行ったのは成男。

 まるで視界を遮られたくないように、真白の体を強引に払いのけていた。


「……たわわ」


 その呟きと、巨人の拳が当たったのは同時だった。

 成男はダンプカーに轢かれたように、壁まで勢いよく吹き飛んでいく。


「成男ぉー!」


 ぞんざいな扱いをされたにも係わらず、真白は成男を案じて叫び声を上げていた。


「おっさん!大丈夫か!?」


 由貴も焦って成男へ声をかける。

 すると、壁が崩れ土煙の上がる中、立ち上がる人影が写った。


「成男!成男ぉ!」


 青い顔で必死に駆け寄る真白。

 だが人影はそれを気にせず走り出した。


 向かった先は巨人。

 脇目も降らず、血まみれで疾走する姿は鬼気迫っていた。

 その視線は、ただれて肉塊としか見えない巨大な胸に釘付けられている。


「たわわぁー!」


「ウボォォォォォ!」


 雄叫びを上げて突進する成男に、同じく叫びを上げた巨人の鉄槌が振り下ろされる。

 車ほどの拳が成男の体へ叩きつけられ、そのまま地面にヒビを入れた。


「……キャー!!!」


 成男の腕があり得ない方向へ曲がっているのを見て、真白が思わず悲鳴を上げる。


 巨人が再び腕を振り上げたのを見て、真白は一瞬で弓の構えを取った。

 しかし、その両手には何も握られていない。


「霊装鎧(れいそうがい)!」


 その響きと共に、真白の体に一瞬で銀の甲冑が現れる。

 手には鎧と同じ銀色の和弓。

 そこにつがえられたのは、白く輝く霊力の矢。


「白月流奥義……祓魔箭(ふつません)!」


 放たれた矢は白銀の光線となり、巨人の頭を穿つ。

 背後の壁にまで穴を開け、広間に轟音を響かせた。


 それを受けた巨人は、崩れるように光の粒子へと変わっていった。


「……成男!大丈夫なの!?」


 鎧姿のまま倒れている成男に駆け寄り、その体に手を触れようとした。

 しかし、その手は成男の手によって払われてしまう。


「……真白ぉ!貴様はなんてことをしたんだ!オレのたわわを!よくも……よくも!」


 成男の顔は怒りに満ちていた。


「あ……あの……」


 長い付き合いで初めて見る顔。

 そこにいつもの優しさはなかった。


 ——バチン!

 成男の頬に破裂音が鳴る。


「おっさん……あんた最低だよ!マシロさんがどれだけ心配してたと思ってんだ!」


 由貴が歯を剥いて、成男の頬に平手を振り抜いていた。


「さっきだっておっさんを助けるために!盾になってくれたんだぞ!」


 悔し涙を浮かべながら、真白の献身を必死に伝える。


「あの……いいのよユキ……成男にはきっと事情が……」


「いいわけねーだろ!しかも敵の前でボサっとしやがって!スゲーヤツだと思ってたのに!見損なったぞ!」


 怒りが収まらないように、もう一度手を振り上げた。


「……黙れ!」


 由貴の体がその一喝で固まる。


「お主らには……伝わらぬだろうよ……」


 成男の顔に浮かんでいるのは、悲哀。


「あのたわわにはな……悲しみが詰まっておる……」


 救えなかったことを悔いるような低い声。


「苦しみが……嘆きが……永遠の孤独が詰まっておるのよ」


 瞳から涙がこぼれ出す。


「それがわかるのは……癒せるのは……オレしかおらぬだろうが!」


 成男の体から黒いモヤがにじんでいた。


「な、なに言ってんだよ!?モンスターには心なんてないだろ!?実際あんた、腕折られてんだぞ!」


「彼女には魂が宿っておった!それに腕の一本や二本がなんだというのだ!たわわのためなら安いものよ!」


 モヤはゆっくりと広がり、成男を包み始める。

 まるで彼の感情に呼応するように、黒く濃さを増していく。

 そのモヤが全身の傷に触れると、骨折すら瞬く間に治っていった。


「ついに見つけたのだ……我が道はここに決した!オレは彼女と添い遂げる!」


 流れる涙を拭きもせず、広間の奥に設置された出口の扉へ歩き出した。


「な、成男……どこに行くの?」


「知れたことよ!もう一度逢いにゆく!愁嘆で膨らんだあの胸へ飛び込み、共に涅槃へと旅立つのだ!」


 成男は、ダンジョンを出て、もう一度入り直すと告げた。


「おっさん……それは無理だぜ」


「……なんだと?」


「一度クリアしたダンジョンには二度と入れねぇよ。規約にも書いてあるだろ」


 醒めた声で由貴が伝えたのは、このダンジョンのルール。

 アセンダーを低いところで留まらせないための配慮だった。


「馬鹿な!……ならばオレは彼女と二度と逢えぬというのか!?そんな不条理は許されぬ!許されてたまるものか!」


 成男は引き返し、広間の入り口にいるヒルコへと向かう。


「ヒルコ嬢!お主なら何とか出来るのであろう!?後生だ!オレと彼女を引き離さないでくれ!」


 掴みかからんばかりに懇願するが、それに返事はない。


「聞いておるのか!?オレは彼女を愛しておる!必ず生涯を添い遂げる!だから頼む!」


 土下座すらしかねない勢いで頭を下げる成男。


「……本気なの?」


 ヒルコは顔を背け、目を合わせずに小さく呟く。


「ああ、我が魂に誓おう」


 成男の体からあふれるモヤはすでにかなりの広がりを見せていた。


「ならば、アセンダーのトップスリーに入ってみせなさい……」


「序列を上げよということか」


「それを果たしたら……“本人”に会わせてあげる」


 成男はそれを聞いて、重い頬を吊り上げる。

 暗いモヤの中に無数の目が開き、ケタケタと喜びの声を上げた。


「その試練……受けた!」


 こうして成男は新たな目標を得る。

 瞳と魂を赤く燃やし、一直線に向かうだろう。


 その姿を眺める三人は、それぞれ別の表情を浮かべていた。


 一人は怒り。

 一人は悲しみ。

 最後の一人は——。

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