第18話5編:共鳴する黒い影
第18話5編:共鳴する黒い影
【ルシフェル視点】
頭蓋の奥で鳴り響く歌声は、もはや静かな囁きではなかった。 脳髄を直接突き破り、全身の脈胞を黒い泥で満たしていくような、狂おしい絶望の奔流――。
〜♪ 〜♪♪ 僕は君 君は僕 光があるなら闇もある 闇があるなら光もある バランスが保たれていないと 全て クズレル 〜♪ 〜♪♪ 紅い月が笑う頃 楽しい宴を始めましょ。 狂った宴を始めましょ。 酒が美味くないのならば 全てを壊してしまえばいい 〜♪ 〜♪♪
(ぐあぁぁぁぁぁっ……! 頭が……砕ける……っ!)
左腕を固く縛り上げていた頑丈な皮帯が、バチィンと甲高い音を立てて千切れ飛んだ。 皮膚孔が引き裂かれ、ドクドクと湧き出す漆黒の「魔王の半身」の影。左目の視界は完全に漆黒の闇へと塗り潰され、身体の感覚が、自分のものではない冷酷な何者かに乗っ取られそうになっていく。
(壊せ……全てを切り裂け……敵も、仲間も、この街も……!)
脳裏で蠢く影の意志が、俺の肉体を暴虐の殺戮へと駆り立てようとしていた。 足元の最下位風魔法『ラ・ラルド』の澄んだ風は完全に途切れ、膝が石畳に叩きつけられる。
「死ねぇぇぇっ! 器の小僧!!」
目の前で、邪爪部隊長ガラハの冷酷な邪笑が迫っていた。 紫黒の腐蝕魔力をぎらつかせた二本の巨大な『邪爪』が、俺の首元と、溢れ出す左腕の根元を抉り取らんと振り下ろされる。
もはや、回避も、刀で受けることも不可能な間合い。
「ルシフェル―――ッ!!」
「目を覚ませ、ルシフェルぅぅぅっ!!」
二つの叫びが、同時に空気を引き裂いた。
ドガァァァァァンッ!!
目の前で激しい火花と強烈な衝撃波が爆発した。
「な……なにぃぃぃっ!?」 ガラハの驚愕の叫び。
俺の目の前に滑り込んできたのは、二人の泥泥の背中だった。
「誰が……誰がその左腕を取らせてたまるかぁぁぁっ!!」
咆哮したのはブラッドだった。 その赤銅色の瞳が、かつてないほど濃密な真紅の炎の輝きを放っている。戦斧の刃だけではない。ブラッドの全身から、彼の悪魔としての血脈が限界を超えて目覚めたかのような、圧倒的な灼熱の魔気がメラメラと立ち上っていた。最下位炎魔法『ラ・ルビ』の概念を力ずくで書き換えるほどの、神聖さスラ漂う極限の高熱――。
「ルシフェル! そのバケモノの歌に勝て!! お前は俺たちのリーダーだろッ!!」
「そして……俺の覚悟を無駄にするな、小僧ぉぉぉっ!!」
ブラッドの隣で立ち塞がったのは、リンだった。 包帯で固められたその両手。だが、リンの全身から発せられていたのは、かつて武闘都市バルカンを震え上がらせた『流星拳』の全盛期すら遥かに凌駕する、苛烈極まりない疾風の気気だった。
両拳の骨が砕かれようとも、彼にはまだ「足」がある。「魂」がある。 リンの足元に、まるで流星の尾のように澄み切った青白い風の螺旋が渦巻いていた。
「な……なんだ、この二人……!? 魔力が……急激に跳ね上がって……!?」 ガラハが二本の邪爪を弾き返され、思わず数歩後退した。
「ブラッド……リン……っ!」
俺は血の混じった唾を吐き出し、二人の背中を見つめた。
(そうだ……俺は……一人じゃない……!)
脳裏で荒れ狂う悪魔の歌。
〜♪ 〜♪♪ 高潔な女神は その光を奪い去ってしまえばいい 踊れ 騒げ 歌え 狂え。 〜♪ 〜♪♪
(黙れ……! お前たちの歌なんかに……俺たちの絆が破れるかぁぁぁっ!!)
俺は咆哮した。 溢れ出そうになる左腕の「黒い影」を、力で押し戻そうとすることを完全にやめた。 ブラッドの放つ圧倒的な高熱の覚醒領域、リンが纏う極限の流星の風……仲間たちが放つ熱い魔気に応えるように、俺は己の風魔法『ラ・ラルド』の制御域を、二人の覚醒の気流へと一気に同調させたのだ!
(影を……風で包む……! ブラッドの炎と、リンの風と一緒に……俺の力になれぇぇっ!!)
ズワァァァァァッ……!!
俺の左腕から溢れ出ていた不吉な黒い魔気が、暴走の牙を奪われ、澄んだ風の粒子と溶け合って美しい黒銀の螺旋へと昇華していった。
左目の視界が鮮明に取り戻される。 俺の足元に、ブラッドの真紅の炎、リンの青白い流星風、そして俺の黒銀の風滑走が、奇跡的なまでの「三者同時覚醒」の領域を描き出したのだ!
「な……馬鹿な……!? 三人同時に魔力が覚醒しただと……!?」 ガラハと周囲の邪爪の刺客たちが、あまりの圧倒的気迫に刃を震わせた。
「ルシフェル!」
リンが振り向き、不敵で誇り高い笑顔を俺に向けた。その瞳は、すでに次なる未来……サルガタナスとの決戦の地を見据えていた。
「俺の役割は……ここで邪爪の弱点をお前に教え、お前たちの風と炎を完成させることだった! そして今、確信したぞ……! お前たちのその『炎風・無明突き』なら、サルガタナスの本拠地『黒鉄の要塞』を撃ち破れる!!」
「リン……!」
「迷うな、ルシフェル! ガラハを討ち取り……俺たちの仲間たちの無念を胸に、要塞へ進めぇぇっ!!」
「おうあぁぁぁっ!!」
俺とブラッド、そしてリンの意思が、完全に一つに重なり合った。
「行こうぜ、ルシフェル! 俺たちの覚醒した炎と風で……あのヘビ野郎を灰に変えてやる!!」
ブラッドが戦斧を固く握り締め、極限の高熱『ラ・ルビ』を滾らせる。
「行くぞ……『ラ・ラルド』――ッ!!」
俺の足元が、極限の滑走速度で空間を削り取った。 沖田総司の絶対の踏み込み。三人の覚醒魔力が同調した滑走は、もはや影の歌など一欠片もつけ入る隙を与えない、完璧な疾風となって石畳を滑った。
「く……来るな! 我が『邪爪』で細切れになれぇぇっ!!」
ガラハが狂乱した悲鳴とともに、二本の巨大な邪爪を振り下ろす。
だが――覚醒した俺たちの前では、その腐蝕の爪すら止まって見えた。
『炎風・無明突き』―――極ッ!!
高熱の炎と、流星の如き風圧、そして影を抑え込んだ黒銀の滑走が、ガラハの二本の邪爪の真ん中へ、寸分違わず一閃された。
ゴォォォォォォォッ―――!!
「が……ガハッ……!? ば……馬鹿な……我が邪爪の腐蝕魔力が……一瞬で蒸発……だと……!?」
ガラハの二本の巨大な邪爪が、木星の塵のように一瞬で粉々になって砕け散った。 そのまま引き裂かれる胸甲。ガラハの身体は絶叫とともに空中に吹き飛ばされ、路地裏の壁へと激しく激突して動かなくなった。
周囲に残っていた邪爪の刺客たちも、そのあまりの衝撃波と覚醒の気迫に怯え、脱兎の如く蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
静寂。
バルカンの大通りに、心地よい秋の澄んだ風が吹き抜けていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……っ!」
俺はゆっくりと刀を鞘へ納め、左腕を見つめた。 皮帯が弾け飛んだ左腕には、静かに息をひそめる黒い紋様。だが、脳裏を苛んでいた不吉な歌声は、跡形もなく消え去っていた。
「勝った……勝ったんだな、俺たち……!」 ブラッドが戦斧を地面に突き立て、荒い息を吐きながら笑った。
「ああ……」
俺とブラッド、そしてリンの三人は、互いに顔を見合わせ、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「ルシフェルさん! ブラッドくん! リンさん!」
大通りの向こうから、ノエルとシバリアが駆けてくるのが見えた。街の毒気は完全に浄化され、住民たちの救護を終えた二人も、無事合流を果たしたのだ。
「見事だ……見事な勝利だぞ!」 シバリアが胸甲を叩いて叫ぶ。
「ルシフェルさん、お怪我はありませんか!?」 ノエルが安堵の涙を浮かべる。
リンは歪んだ両拳を静かに胸の前で掲げ、空を見上げた。
「ルシフェル……俺の旅は、このバルカンでひとまず一区切りだ。壊れたこの身体の代わりに、俺はこの街に残り、怪我をした闘士たちや人々を支えながら、要塞へ向かうお前たちの背中をいつでも見守っている」
リンの瞳には、かつての流星拳としての誇りと、次の足掛かりとなる新たな希望の光が宿っていた。
「要塞へ行け、ルシフェル。サルガタナスを討ち、リコリスを取り戻してこい。お前たちなら……絶対にできる!」
「ありがとう、リン。お前の教えと誇り……絶対に無駄にはしない!」
俺は力強くリンの手を握り返した。
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