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第76話 ご近所の竜神様

――永田町・官邸会議室。


 分厚い報告書の束が机の上に叩きつけられた。

 タイトルには、こう書かれている。


「救護課報告書:思念分体(コードネーム:ラギル)実体化事案」


 会議室の空気は、言いようのない沈黙に包まれていた。

 椅子に座る面々――官房、外務、防衛、科学技術、警察庁、そして探索者協会代表。

 誰も口を開こうとしない。


「……つまり、これを要約すると?」


 重い声で、官房副長官が尋ねた。

 対面に座る高村課長が、淡々と書類をめくる。


「要約しますと、“竜光の貴婦人の内部共生体が実体を得て独立行動可能になった”という報告です」


「いや、言葉はわかるのに理解ができない」


 会議室の端で誰かが小さく突っ込んだ。


「……なぜそうなる?」


「我々にもわかりません。本人曰く“たぶんできると思ってやったらできた”とのことです」


「“たぶんできると思ってやった”……で、できた?」


「はい。できたのならしょうがないのかもしれません」


 重い沈黙。

 数秒後、誰かが椅子にもたれかかりながら小さく呟いた。


「……もう、なんでもありだな」


 全員、無言でうなずいた。


「確認しますが、その“ラギル”とやら、どの程度の知性を持つんですか?」


「人間並み、あるいはそれ以上です。

 語彙、歴史知識、個人情報へのアクセス……かなり危険です」


「それはAIではなく?」


「AIというより……“伝説上の賢竜が小型化して喋る”感じです」


「小型化……」


「大きさは20センチ前後。見た目はぬいぐるみもしくは小動物です」


「ぬいぐるみ……」


 誰かが遠い目をした。


「つまり、国際的には“日本政府が知性を持った竜型生命体を管理下に置いている”ということになるわけですね?」


「管理下には……いると言っていいのかどうか……」


「管理下にはいないと?」


「ええ、本人が“備品扱いはいやだ”と言っています」


「交渉失敗してるじゃないか」


「ただし、“救護課所属を認めるなら話を聞く”とは言ってくれたので、今は名誉構成員です」


「名誉構成員て何だよ……!」


「……竜のプライドを尊重した結果です」


 防衛省の代表が手を挙げる。


「……すみません。ひとつだけ確認していいですか?」


「どうぞ」


「そのラギルという個体、“戦闘能力”はどの程度です?」


 高村が一瞬考えてから、ため息交じりに答えた。


「本人曰く、“やろうと思えば山一つくらいは吹き飛ばせるがやらん方がいいよな?”だそうです」


「……やろうと思えば、って言いました?」


「はい」


「つまり、やらない理由が“面倒だから”とかそういうことなんですね?」


「概ねその通りです」


「……了解しました。もう、いいです」


 防衛代表が資料を閉じた。

 隣で外務省の課長がぼそりと呟く。


「イギリス側はこの件、どう反応してます?」


「“あら、可愛らしいですね”だそうです」


「キャサリン夫人のコメントか?」


「はい。王室筋も『Lady of the Dragonlightは竜神なのだから竜の守護を受けたのは自然な流れ』と」


「……なるほど、文化的には納得だが私には納得できん」


「物理法則は竜神の前では無力ですよ」


「うるさいわ」


 議事録担当が、机に頬杖をつきながらぼやく。


「……で、結論どうします?」


 官房副長官が深く椅子にもたれ、天井を見上げた。


「……なあ、もう、放っておいてもいいんじゃないか?」


「放置、ですか?」


「いや、“信頼に基づく自主運用”だ」


「それ、放置って言うんですよ」


 誰も反論しない。


 やがて、副長官は苦笑した。


「だってさ……どんな規制作っても意味ないんだろ?」


「はい。物理的にも、空間的にも」


「外交的に止めても、転移される」


「はい」


「……じゃあ、信じるしかないじゃないか」


「……ですね」


 静かな同意が広がった。


 数分後、議題を締めた官房長官がぽつりと言った。


「……にしても、“分体の竜が実体化”って、何の会議だここ」


「“現代異能特別対策本部”です」


「なるほどな。名前だけは立派だ」


 笑いが起こる。

 だがその笑いは、どこか諦めと親愛が混じっていた。


「……しかしまあ、こうなると彼女は本当に――」


 誰かが呟いた。


「“神様”というよりは、“ご近所の竜神様”って感じだな」


「“ぬいぐるみ連れの神様”だろ」


「それ、なんか平和でいいな」


 そんな言葉で、会議は静かに終わった。


 報告書の最後のページには、

 高村の署名とともに小さく書かれていた。


「備考:なお、対象の“ラギル”は概ね良好に人間社会に適応しており、

 本件を“緊急性なし”として処理することに同意」


 ――つまり、政府公式見解。

 “ぬいぐるみ竜は平和的”。


 日本政府は、今日もまた一歩、

 奇跡を日常として受け入れていった。


 ――そのニュースは、週末の昼下がりに唐突に流れた。


《速報:竜光の貴婦人が創出した“竜の分体”初公開》

《名前はラギル。体長約20cm、知性を持ち、会話可能》

《本人談:「ぬいぐるみ扱いするな」》


 ニュース番組のサブタイトルが、なぜかそのまま翌日のトレンドワードになった。


◆ SNSトレンド


#ぬいぐるみ竜

#ラギル様

#リリカさんの相棒


《(「・ω・)「ガオー かわいい》

《竜神様の分体が20センチって萌え要素しかない》

《AIじゃないの?(ぬいぐるみ版)》

《ゆるキャラとして自治体登録はまだですか?》

《神獣ってよりセラピードラゴンでは》


 ――平和すぎた。


 災害鎮圧の立役者である竜神の分体が、

 国の守護存在として顕現したというのに、

 ニュースコメント欄のトップは「グッズ化希望」だった。


「……いやぁ、国民の適応力ってすごいですね」


 救護課の庁舎。

 榊がスマホを見ながら笑う。

 ラギル本人(本竜?)は、書類の山の上で香箱座りをしていた。


『ふむ。これが日本の文化か。

 我を見て“かわいい”と言う者が九割、“怖い”が一割。

 恐怖心より親愛が勝っておるようで何よりだ』


「うん、そりゃあこのサイズですし」


『む、これでも見かけによらぬのだぞ。

 ……試しに軽く息でも吹いてみるか?』


「やめてください。庁舎吹き飛びますよ」


『ぬう、つまらんではないか』


 その横で、莉理香は静かに紅茶を口にした。


「でも、面白いですよね。

 “竜の実体化”なんて、普通なら世界騒然のはずなのに」


「日本だと“また桐嶋先生がなんかした”で済むんですよね」


「慣れって怖いですよね」


 その会話のテンションの低さに、隣の高村課長は頭を抱えた。


「お前らなぁ……これは本来、“国家的事案”なんだぞ。

 竜神の分体が戦闘力を持って独立行動できるって――」


『課長、落ち着け。

 我は基本平和主義者ぞ。茶菓子があればだが』


「そんな要求するなよ……」


 課長がツッコミを入れる横で、榊が小声で呟く。


「……でも、それだけの力があってこの性格なら、

 むしろ日本に向いてる気がしますね」


『ふむ、誉め言葉として受け取っておこう。』


 一方、世界の反応は――。


《“Japan domesticated a dragon.”(日本が竜を飼いならした)》

《“ぬいぐるみサイズの神、外交的脅威にならず。”》

《“ドラゴン・カワイイ・ディプロマシー”》


 CNNは困惑し、BBCは「王室と親交がある点で安心」と報じ、

 中国CCTVは「国家戦略的に羨ましい」とコメント。

 アメリカではニュース番組の司会者が真顔で言った。


「ドラゴンをぬいぐるみ化した国があるって、本当か?」


「はい。日本です」


「……あの国はもうバランスブレイカーでは?」


「すでにブレイクしてます」


 日本国内のニュースでは、

 文化庁が「神獣との共生を文化遺産的観点から検討」と発表。

 経産省は「ぬいぐるみドラゴン型セラピー支援プロジェクト」なる補助金を新設。

 挙げ句の果てに、観光庁がSNSでこうつぶやいた。


《#竜光の貴婦人 に会える国、日本》


 コメント欄:


《観光資源化が早い》

《観光庁、仕事が速い(なお本竜は非公認)》


 外務省は慌てて声明を出した。


「ラギル氏(仮称)は桐嶋医師の共生存在であり、

 政府の公的行動体ではありません。

 あくまで民間……もとい、個竜であります」


 ……しかし、その“個竜”は

 救護課の窓に座ってをネット記事を読んでいた。


『ふむ、政治面の語彙が難しいな。もう少し簡潔に書けぬものか?』


「……何をしてるんですかラギル」


『日課だ。政治を学んでおる。国民竜としての務めだろう?』


「いや、そんな地位ないですから」


『もうあるようなものだぞ。SNSのトレンドに“国民竜ラギル”とあった』


「それ非公式ですよ?」


 夕方、ニュースキャスターが笑いながら締めた。


「はい。というわけで、“ぬいぐるみ竜”の登場で、

 日本社会はまた一段と平和になったようです」


 アナウンサーが苦笑しながら続ける。


「世界の専門家からは、“日本の反応が軽すぎる”との声もありますが……」


「軽く受け入れられる国って、案外強いのかもしれませんね」


 画面には、莉理香の肩であくびをする小竜の映像。


 その一枚に、コメント欄が一瞬で埋め尽くされた。


《尊い》

《平和の象徴きた》

《もう国章にしていいと思う》


 そして、ネットの最上位コメントは、どこまでも日本的だった。


《(「・ω・)「ガオー 全部これでいいんじゃないかな?》


 ――世界が驚く中で、日本だけが笑っていた。


 “ぬいぐるみ竜”はもはや脅威ではなく、新しい時代の「ご近所の竜神様」だった。

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