表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星屑の旅路(スターダストジャーニー)  作者: ほしのみくる
エピソード1 亡霊の彷徨
6/89

記録05 ケイとアイ

2人にフォーカスを当ててみました。少しでも主役の2人のことを知っていただければ嬉しいです。

――医務室のドアがスライドして開く。そこには、白衣を羽織り、灰色の三つ編みをかき上げるジャック・シャロルの姿があった。


「ほう、随分と素直じゃねぇか。何かあったのか?」


ケイは無言で診察台に横たわる。オダコンとアイに押し切られ、ここに来ざるを得なかったが、ジャックの軽口にはいちいち反応する気にもなれなかった。


「まあいい。どれ、診てやるか」


ジャックが制御パネルを操作すると、小さな光がケイの全身を駆け巡る。体の内部が透過されるように光が躍動し、その映像がそのままジャックの眼鏡に投影される。


ケイはぼんやりと天井を見つめながら、ふとアイのことを考えた。


(アイは今頃、ジークにメンテナンスされてるとこか……)


自分は生身であるがゆえに劣化し、修復もままならない。対して、アイは永続的に機能し続ける存在だ。それでも、彼女がどこかヒトらしい感情を持ち続けていることが、ケイには不思議だった。


「……なるほどな」

ジャックの表情が一瞬だけ硬くなる。


「お前、最近何食ってる?」


「あー……レーションだな」


「……そうか。味、感じてるか?」


ケイは少し考えた後、あえて適当な口ぶりで「さぁな」と答える。


「……やっぱりな」

ジャックは軽く舌打ちし、腕を組んでデータを見つめる。


「神経伝達が鈍ってるな。特に味覚。お前の食生活が原因かと思ったが、それだけじゃねぇ。視覚の方も、そろそろヤバいぞ。今はまだ動ける……いつまで持つかな」


ケイは特に驚いた様子も見せず、ただ静かに話を聞いていた。彼自身、自分の五感が徐々に鈍っていることはわかっていた。だが、それを口にすることはなかった。


ジャックはさらにスキャンを進める。そしてケイの脇腹に目を向けた。

そこには溶接したような大きな傷跡があった。


ジャックは僅かに眉を顰める。

「……これ、まだ痛むか?」


「いや」

ケイは短く答える。


そう言いながら、自然と傷に手を添えた。

その手には痛みや後悔はなかった。代わりにあるのは、どこか温かみのある触れ方だった。その思いを言葉にすることはなかったが、ケイの視線の奥に一瞬だけ遠い記憶を辿るような光が宿る。

ジャックはそれを見つめながら、あえて何も言わなかった。ただ、眼鏡を押し上げるとわずかに口元を歪めた。


「……ま、ちゃんと手入れしとけよ」

それがジャックなりの気遣いだった。


ジャックは軽くため息をつくと、白衣のポケットから小さなカプセルを取り出し、ケイに向かって無造作に投げた。


「ほら、オリジナルブレンドの頭痛薬だ。お前みたいな無茶するやつには特別調合してやるよ」


ケイはキャッチし、少しだけ口元を緩める。

「……助かる」


その短い言葉に、わずかに感謝の色が滲んだ。





――機関室の奥、薄暗く機械的な部屋の中。ジークフリードは緑色に光るゴーグルを装着し、作業に集中していた。部屋の中央にはポッドが設置され、透明な液体の中にアイの裸体が静かに収まっている。


右側には、薄紫色に輝く人工血液(ライトブラッド)が入った容器。

左側には、無色透明の除染液が満たされた容器。


ジークフリードが制御パネルを操作すると、それぞれの液体がアイの人工血管と人工リンパ管へと流れ込み透析が始まる。さらに、傷のついた部位がスキャンされ修復プロセスが進行する。


「いつもありがとうございます、ジーク様」

アイが穏やかに微笑む。


ジークフリードは無骨な手でパネルを操作しながら答えた。

「貴重な経験をさせてもらっている。少し刺激が走るぞ」


急速除染の合図とともに、アイの身体が微かに水中で跳ねた。暗がりの中で、人工血液(ライトブラッド)が血管を駆け巡り、発光する様子が映し出される。


小一時間の透析が終わる頃、高エネルギーの放出と冷却の影響で室内は蒸気に包まれた。


部屋の扉が開いた瞬間、立ち込めた湯気の中からアイの裸体がゆっくりと現れる。

まずは透き通る柔らかな足が伸び、艶やかな肌を伝う水滴が室内の薄暗い光を反射しながら滴り落ちる。


ジークフリードの手が一瞬動きを止める。

寡黙な彼もさすがに動揺を隠せない。


アイはそんな彼の様子を見て、くすっと笑った。

「ジーク様、そんなに見つめられると困りますよ?」


ジークフリードは咳払いをしながら視線を逸らし、慌てたように工具を片付ける。


「あ、ちょっと。ジーク様っ……」

アイが声をかけるが、ジークはそそくさと部屋を出ていく。


アイは微笑を浮かべたまま、一瞬だけ反省したように視線を落とし、その後、ふと真顔になる。


(……ケイは大丈夫かしら?)

——そう思った自分に、少しだけ違和感を覚えつつも、彼の五感の衰えを思い出し、少し心配そうに視線を扉の向こうへ向けた。


2人の在り方の違和感をなんとなくでも感じていただけるようなシーンになっていたらうれしく思います。また彼らの人体構造、健康状態について比較的端的に、でも詳しく描いてみましたので想像してみてください。


小話

アイの人工血液は薄紫に発光するのでライトブラッドと呼びます。ライトブラッドは心臓部の核融合炉の永続的な活動に必須のエネルギー原です。個体の力で適宜除染をしながら稼働はしていますが、定期的なメンテナンスを行う事でその能力を120%出し続けることが出来るようになっています。そしてケイは…その能力を使う事で五感から順に失いつつあります。私は医療従事者ですが、まず人間の衰えは芯にある血管などの見えない部分から変化していきます。明らかに症状が表に出るころには深刻な状態と言えます。ではケイはどうでしょうか??

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ