記録01 ネオンの影に消ゆ
――G.C(銀河統一暦)026年
霧雨の夜、惑星ルードゥスの歓楽街ビネスは怪しく輝くネオンに包まれていた。路地裏には雨がしとしとと降り注ぎ、濡れた地面が光を反射して幻想的な雰囲気を醸し出している。人々は雨など気にも留めず、賑やかな通りを行き交っているが、そこから外れた暗い裏通りでは別の物語が繰り広げられていた。
トカゲのような鱗に覆われた巨体の男、爬虫属が荒い息を吐きながら狭い路地を駆け抜ける。彼の足音は水たまりを蹴り上げ、激しい水飛沫を上げていた。彼の手には密輸品である小袋が握られている。しかし、その顔には焦燥の色が濃く刻まれていた。
「クソッ、どこまで追ってくるんだ!」
振り向きざま、男は大型のマシンガンを構え、後ろにいる追跡者へと無差別に銃弾を乱射する。轟音が路地に響き、壁が弾丸で削られて粉塵が舞う。しかし、その弾道は突然弧を描くように逸れ、空を切ったまま壁に突き刺さる。追跡者は手をかざすだけで銃弾を制御したのか。
驚愕する男の隙を突き、追跡者は瞬時に間合いを詰めた。バラハッド式格闘術の基本動作である震脚を使い、一気に相手の懐に潜り込む。鋭い肘打ちが男の胸部に炸裂し、その巨体を一瞬ぐらつかせた。
「ぐはっ!」
しかし男は簡単には倒れない。その巨大な腕で跳躍し、壁を蹴って逃げようとするが、追跡者はすかさず壁を蹴り、10メートルは跳躍し彼の背後に回り込んだ。男は反射的に長い尻尾を振り回す。
追跡者は無造作にダマスクスナイフを抜く。普通の短剣よりも長く、怪しく輝く分厚いその刃は、一般の兵士には扱えないほどの重さがある。それを軽々と振るう追跡者の腕が、まるで刃と一体化しているかのように滑らかに動いた。
閃光のように走る刃。鋭い切っ先が男の尻尾を断ち切る。その瞬間、鮮血が霧雨と混じり合い、地面に飛び散った。
「そこまでだ」
男は地面に叩きつけられ、苦しみながら腹を押さえる。しかし、追跡者は容赦しない。素早く銃を構えた。
その銃は、通常のヒトビトには到底扱えないものだった。55口径の弾丸を発射する巨砲。本来ならパワードスーツを着た重装兵や固定砲台に据えられるべき代物。しかし、追跡者は片手で軽々と持ち、ブレることなく標準を合わせる。
「待て!これを渡す!お前が欲しいのはこれだろ!.…なんなんだ!クソッ…ただ頼まれただけなんだ運び屋としてっ…!」
男は息も絶え絶えに手を差し出し、白い粉を見せながら必死に交渉しようとする。
その瞳孔は拡張し、雨水に濡れて強膜が瞬きを繰り返している。その一瞬、フードが風ではだけ、色白の人間(人間種)の青年の顔が露わになった。幻想的に輝くエメラルドの髪、目の上下には深い隈が広がっていた。
「ま、まさか。K…お前が、あの…Kなのか…」
男の口から恐怖と驚愕が混じった言葉が漏れた。しかし、青年の冷徹な視線は何も変わらない。
雨音だけが響く。わずかに弾ける水滴の音が、静寂の中に小さく響いていた。
「わ…わかった!分け前を…」
次の瞬間、銃声が路地裏に轟いた。
「あ……」
弾丸は頭部を貫通し、分厚い鱗を砕き絶命させながら、背後の壁に赤黒い飛沫を散らした。
巨体は崩れ落ちた。その目は虚空を見つめ、怪しく輝くネオンの光がその濡れた瞳に映り込んでいる。
しばらくして雨音だけが静かに響き渡った。
青年は一瞥し、白い粉を指先で弾く。小袋は雨に濡れた地面の上で転がった。しかし、彼は興味を示すことなく掴み取った。そして振り返ると闇に溶け込むようにその場を後にした。
第1話(記録01)を読んでいただきありがとうございます。
未来の宇宙の世界観を出せるように努力しました。是非浸っていただければと思います。
小話
惑星ルードゥスにある歓楽街ビネスは、天の川銀河系にある名の知れた歓楽街の栄えた欲望と希望の星として有名なんですね。様々な宇宙人が行き交い怪しげに光る都市。スコールがよく降り熱を帯びる街に怪しさを醸し出せているとうれしいです。