第64話
お久しぶりです。これで前回の生(過去)終わりです。
私が領地で計画を進める間に、王都のダスティンからは何度も手紙が届いていた。
「領地で身を慎むように」
「己を省みることはできたか」
「謹慎の意味がわかっているのか」
最後の怒りの滲む手紙は無視できず、簡単に返信した。
「領地で慈善事業に励みつつ、我が身を振り返って過ごしております」
嘘は書いていないと思う。慈善事業を特産品にするべく動いているだけだが、その返信は今までになく怒気の強いものだった。
「王都に、伯爵夫人が商売の真似事していると聞こえてきた。はしたない行いは止せ。妻が働くなど、私が君に頼らねば何もできないと思っているのか」
そこまで読んで、手紙に紅茶をかけて捨てておいた。
ダスティンが何をするにせよ、王都から領地は遠い。
私はやれること全てに手をつけた。
まず、領内の医師と薬師に、サシェを治療の一環として使えるように安価で広めた。予想より多くの需要に、急遽マトリカリアの畑を増やしたほどだ。不思議なことに効き目の穏やかな種と少し強めの種があり、医師と薬師が連携して今も研究を進めている。
治療用のサシェに使う小袋は孤児院で担う。今後の運営に役立つはずだ。
一方で、貴族向けには装飾を凝らしたサシェをつくり、ブラドル商会貴婦人部門への参入を企んだ。度重なる指摘を経て、次の意見交換会のお茶会でサシェを紹介されると言われて、危うく歓声を上げそうだった。
ダスティンが領地に戻ったのは、まさにその嬉しい知らせを受けた夜だった。
「まあ、急でしたのね」
玄関ホールで出迎えた私に、ダスティンは苦々しい表情を見せた。ここまであからさまな態度も珍しい。私が黙って微笑んでいると、ダスティンは短く溜め息をついた。
「まずは夕食を。その後で話がある」
そう言い捨てると、靴音を響かせてさっさと一人で歩いていった。
私は不機嫌を振りまくダスティンに呆れてしまった。王都で何をふきこまれたか知らないが、あまりにも子供じみている。
その様子で昔のことを思い出した。婚約してから新婚時代まで、ダスティンは優しかったが、ずっとこちらを子供扱いしていた。確かに私は幼く足りないところばかりで、ダスティンはそれをこちらに意識させてから、必ず人目のある所で補っていた。
「そのドレス、よく似合っているよ。伯爵夫人としては……まあ、君はまだ若いし」
「格式に相応しいね。落ち着いた装いもそのうち似合うようになるさ」
「どこからみても、素敵な伯爵夫人だ。いつも以上に振る舞いには気をつけてくれよ」
衣装合わせで一緒に選んだのに、なぜ当日になってそれを言うの?
なぜ皆の前で私を笑うの?
その時、後ろにいたジャン・カルド達の嫌みな笑顔は今でもよく覚えている。
思えば、あの友人どもと絡むとダスティンはおかしくなる。けれど、
「もうあの頃の私ではないわ」
私はそっと呟いた。ブラドル商会に認められたことは、私に確かな自信を与えていた。私が変われるのならきっと大丈夫だ、と。
夕食の間もダスティンの態度は変わりなかった。厳しい表情で黙々と料理を味わう。そのくせ視線は忙しなくこちらを伺い、カトラリーの扱いも丁寧さに欠けていた。以前の私なら何が不服か問い質しただろう。しかし、今夜の私はそれも流した。昼間の嬉しい知らせに浮き足立っていたのもある。
結局、そのまま就寝の時間になった。
今日はいろんなことがありすぎて、気持ちが高ぶった私は珍しく寝酒を頼んだ。この薬草酒は独特の香りと酒精が強い。少しずつ味わうと、次第に頭も気持ちもふわふわと緩んできた。思い出すのは昼間の快挙。ああ、やっと認められた。私は自然に笑みが溢れ、明るい未来を夢想していた。
あの子を失ってから、夫婦の寝室はずっと私専用にしていた。だから突如入ってきた夫に、私は酷く驚いてしまった。
「あなた?!」
やって来た夫は薬草酒を嗜む私を見て、ふんと鼻で笑った。
「何かしら?」
そっとグラスを置いた私が声をかけると、
「後で話すと言ったのだが、忘れたか」
と忌々しそうに答えた。
「お聞きしますわ。どうぞ」
仕方なく微笑んでそう返すと、怒涛の文句が始まった。
「王都では、ブロック伯爵夫人は反省なくままごと商売で遊んでいる、と噂だ。慈善事業なら他にやりようがあるだろう。わざわざ行き遅、んんっ、ブラドル嬢に関わるなど、なぜ自ら噂を広げるような真似を……」
最初は大人しく聞いていたが、ダスティンの語気は強まるばかりだ。疲れた私は合間にグラスを弄び、薬草酒をそっと口にした。酔いが回って聞き流すのにちょうどよい。
「君のためを思って言っているのだ。このままでは」
「そうかしら?」
思ったよりも大声で遮ってしまった。酔いが回っているが、構うものか。私は眉をひそめるダスティンに続けた。
「本当はあなたの体面のためではなくて? あなたの誇れる妻にもなれず、子も産めず、病みついてしまって申し訳ないわ。でもあなたの言う貴婦人とは夫の友人に一晩の戯れを乞われて、それを夫も承知で、それでも笑顔でいることなの? なら、私、貴婦人にはなれないわ」
「またその話か。ただの冗談にしつこいぞ」
「ふふ。いつもあなたはそうね。今までも、きっとこれからも、私より友人が大切なのね」
私は自嘲気味に笑って、グラスの薬草酒の残りをすべて呷った。喉を熱いものが滑り落ちた瞬間、私は息苦しさで踞った。
「私がきみを愛しているとでも?」
床に倒れた私に、夫は静かに告げた。別人のように冷たい目をして。
◇
……こうして、前回の私は、私たちは死んだ。
今考えれば、いくつもの違和感はあった。けれど、呪われているなどと誰が思うだろう。悔しいが、前回の私にはどうしようもできなかった。
だから、今回は、今回こそ必ず。その決意で準備を進める中、
「お久しぶり。頑張ってるねえ」
またもや私は、白い部屋で寛ぐ女神に呼ばれたのだった。
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