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第63話

過去(前回の生)回です

 十日後、メルは驚きの報告を上げてきた。


「最初の数日はまだ夜中に起こされていたそうです。けれど、日に日に起こされる回数が減りまして」

「待って。今まで、夜に何度も起こされていたの?」

「はい。二度以上は必ずで、それも夜更けに数回は普通だったと聞きました。まず、起こされる時間が最初の日から変わったそうです。いつもなら自分が寝入ってすぐに呼ばれるのが夜更けまで眠れて、一度起きた後は明け方近くまで起きなかったと喜ばれました。そのまま数日後には明け方近くに一度起こされるだけに減って、今では朝まで眠れると、奥様にくれぐれもお礼を伝えてほしいと言付かりました」


 メルから伝えられる経過に、私は少し呆気にとられていた。


「そう、長く眠れるようになったのね。よかったこと」

「はい。ご隠居はよく眠れるせいか、食欲も増して少し歩くようになったとのことです」


 それは話が出来すぎでは? 貴族が関わっているから領民が大袈裟に言ったのかも知れない。私は微笑んで答えた。


「それは、何よりね」

「ただ、それで少し困ったことが」


 目を伏せたメルが申し訳なさそうに続ける。


「ご隠居が元気になったと、近所で評判になりまして。原因を知りたがる者達が大家の家族から聞き出そうとしています。大家は領主の奥様のご意向によりと伝えていますが納得せず、中には関わらせてほしいと頼み込む家もいるそうです。奥様、どういたしましょう?」


 私は少し考えてから、メルに尋ねた。


「どのような者達が言ってきたのかしら」

「やはり、老人や身体の弱い家族のいる家ですね。商家もいました。商機と見たのでしょう」


 メルの言葉で私はじっと考え込んだ。


 メルは若い未亡人、情に訴えればどうにかなると周りから思われているのだろう。後ろ楯は領主夫人だと言うのに、いや、夫人だから領主よりは付け入る隙があると思ったか。ならば。


「そうね。メルはサシェの効果を確かめたかったのよね? なら、事例は多い方がいいわ。申し出た家全てに試してもらいましょう。但し、今度は医師と薬師を呼んで確かめながら進めるわ。詐病で領主夫人を騙す領民なんていないものね?」


 冷ややかに笑う私に、息を飲んだメルはおずおずと答えた。


「あ、ありがとうございます。しかし、それでは奥様に負担がかかりすぎませんか?」

「大丈夫。あなたのサシェが期待どおりなら、初期投資の範囲よ」


 私はしばらく社交界から遠ざかるのだ。ドレスも仕立てないし、予算には充分余裕もある。


「メルと医師と薬師が向かうなら、護衛も必要かしらね。忙しくなるわ」


 すぐさま計画を立て始めた私にメルは戸惑っていたが、後ろに控えるエマの目線で何かを悟ったらしい。私は優しく微笑んで声をかける。


「きっとあなたのサシェは素晴らしいものだと認められるわ」


 そう、うまくいけば私の活路となるはずだ。


 この計画は領主夫人の気まぐれな試みとして、領民に伝えられた。大家のご隠居を知るからか、医師と薬師が確認の下という条件でも希望する家はあまり減らなかった。


 メルと組む医師には、私の主治医が名乗りを上げた。今もあの子のことで責任を感じる彼は、平民のメルを見下すことなく実に協力的だった。薬師は医師の紹介で選んだが、初老の彼は誰よりもこの試みに興味津々で精力的に動いた。最初は二人に気後れしていたメルも、すぐに円滑に連携できるようになった。


 三人は初めての試みを苦労しながら進めていった。


 一月後に医師と薬師から揃って知らされたのは、


「どう調べても、このサシェに睡眠を改善する効果はありません」

「薬効も見つかりません」


という当たり前の事実だった。


「そうなのね」


 私が落胆を隠して答えると、医師はメルと薬師に目を向けてから続けた。


「しかし、この香りが不安を和らげるようです」

「ここからは私が説明いたします」


 薬師はこう説明した。


 病人や老人は身体が弱ると気も弱り、死への不安で眠れぬ者も多い。その恐れをあの香りが和らげ、眠れるようになるのだと。しかも不安が強い者ほどあの香りでよく眠れるので、身体も回復していくのだとか。


「病にはそれぞれ適した薬の調合が必要ですが、治るまであの香りを併用するのがよろしいかと存じます。老いは止められませんが、眠りがきちんと取れることで、動こうとする気力が出るようです。奥様、これは画期的なことですぞ」


 誇らしげな薬師の言葉に、私は驚きと興奮で息をのむ。


 領民が健康なら領地はもっと栄える。これでダスティンが王都にいる間に、私は領民を掌握しようと意気込んだ。


 それに、マトリカリアは貴族にこそ需要がある。領地経営、後継の育成、法衣貴族なら中央の政治や派閥のバランスなど、尽きない不安の種にはマトリカリアの香りが効果的だ。


 この好機を逃すまいと、私はすぐに動いた。


 まずは未亡人向けの慈善事業で行っていたサシェを商売にしたいと、ブラドル商会の貴婦人部門に連絡を取った。最初から全てを明かせなくても、ダフニー・ブラドル伯爵令嬢ならこの価値に気づくと信じて。


 ご承知の通り、私の甘い考えはばっさりと切り捨てられた。それでも商売を学ぼうと懸命に足掻いた。結局ブラドル嬢には認められたが、毒殺により後一歩及ばなかった。


 私がもっとダスティンの動きにも注視していたら、何かが変わったのだろうか。





お読みいただきありがとうございました

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