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第25話

「アイリスとの夕食も、またしばらくおあずけね」


 夕食も終わろうとする頃、母はそう言ってアイリス姉さまに笑いかけた。アイリス姉さまはにこやかに返す。


「次は年が明ける前には戻りますね」

「ええ、楽しみにしているわ。体に気を付けてお過ごしなさいね」


 和やかなやり取りを前に、父はむすっとした顔で食事を続けていた。父は本当はアイリス姉さまを隣国へ送りたくないのだ。その様子を見てロージー姉さまが忍び笑いを漏らし、母に目で窘められていた。私は食事を続けながら、その様子に笑みを浮かべる。


「ミリカ、今日は大人しいね」


 ロージー姉さまに話しかけられ、いつものように笑ったはずの微笑みはどこかぎこちなくて、ああ、私はまだ。


「アイリスが隣国へ発つのだ。ミリカも面白いわけがなかろう」


 横から父がぼそりと不機嫌に呟き、母と姉さま達が目を交わしあう。本当のことを言えない私は、有難く父の勘違いに乗らせてもらった。母とロージー姉さまがほくそ笑むなか、父は知らん顔で食事を続けている。


「ミリカ」


 アイリス姉さまに呼ばれる。目を潤ませた姉さまは私と目を合わせて。


「必ず手紙を書くわ。約束する」


 その表情を見た私は今なら自然に笑える気がした。


「約束ですよ」


 私は今度は上手く笑えたらしい。頷くアイリス姉さまの微笑みは安心したように見えた。



「もう下がっていいわ。ありがとう」


 寝支度が終わり、私はベッドの上からエマに声をかけた。頭を下げるエマは明らかに礼を執る時間が長く、頭を上げた後も視線が強い。私はあえて目を合わさなかった。


「おやすみなさいませ」


 最後に声をかけ、エマはそっと扉を閉めた。すぐに立ち去る様子はなく、ややあってから扉の向こうの気配が消えた。


 エマが昼間のことを心配していたのはわかっていたが、構われたくなかった。


 私はベッドに横になり、溜息をつく。昼間のダスティンの声を思い出した。


『私は、きみを』


 あの後、何を言うつもりだったのだろう。


 ここ何年かの交流が少なかったとはいえ、婚約者だった二人。お互いにしかわからないこともある。以前の私とダスティンのように。そう考えて、


「ふふっ」


 つい自嘲してしまう。


 別れた後も縋るように声をかけられるアイリス姉さま。


 結婚して殺された挙句、前婚約者への未練を知った私。


 比べるまでもない。


 私はきっと、最初から愛されていなかった。気づく機会はたくさんあったのに、ずっと見ないふりをしていたのだ。


 そう自覚した途端、はっきりと思い出した。


「その服は背伸びしすぎかな。もっと年相応なものが似合うよ」


 前回、ダスティンにそう言われたときのこと。


 前回の生で、最後にあの水色のデイドレスを着た日は、ダスティンの婚約者になって初めての顔合わせだった。私が婚約者なのだからと、何もかも気合を入れて臨んだのに。私は褒められると期待していた分傷ついて、涙を堪えきれず、どうにか答えた。


「私っ、このドレス、がお、大人っぽく見えると、思っ、て、義兄さ、まに合わせ、よう、と」

「ミリカ」


 涙声の私の肩に触れ、ダスティンは優しく言った。


「そんなに早く大人になろうとしなくていい。ゆっくり一歩ずつ、二人で進んでいこう」


 見上げた翠の瞳はあの日と同じに優しくて。その思いやりで、私は余計に泣いた。


 それを愛だと思っていた。 


 涙が溢れる。息をゆっくりと吸って、ゆっくりと少しずつ吐く。


 声を上げたら皆に心配をかけてしまう。それに、明日はアイリス姉さまを笑顔で見送るのだ。


 なのに、涙が止まらない。


 ゆっくり吸って、ゆっくり細く吐く。


 声を殺して泣くのは得意だ。隣で眠る夫に気づかれないよう、何度も上手くやってきたこと。ああ、前回の拗れた結婚生活も役に立つ、なんて。なんて、笑えやしない。


 涙の止まった深夜、私はようやくおちついて眠った。 

お読みいただきありがとうございました。

ブックマーク、評価、いいね等ありがとうございます。深く感謝しております。

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