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第24話

お久しぶりです。

 次の日の昼下がり、私は父の執務室にいた。


 私の前のカップには紅茶よりも赤く透き通った液体が注がれている。エクマン領から届いた待望のリナーリス茶だ。そうっと口を近づけると、ほんのりと煎った豆の香りがした。味にクセもなくすっきりとしている。


「どうだい?」


 私が飲み終えると、即座に父は訊ねた。私は正直な感想を伝える。


「意外と軽くて飲みやすいのですね」

「ふむ、皆初めは水色と香りに驚くようだな。あちらの領と同じく広まればよいが」

「何か効率的な方法があればよいのですけれど」


 二人でため息をついて考え込んでしまった。


 本来ならリナーリス茶を貧民にすぐ与えたかった。そうするとあのお茶は貧民に無料で与える程度の価値だと思われ、まず受け入れられないだろうと父が言うのだ。


 リナーリス茶を身分問わず愛飲してもらいたい。そのためにはまず我が伯爵家が愛用していると示し、下位貴族、平民の富裕層へと広めていくのが最善か。しかしそれでは最も必要な層へ届くまで時間がかかりすぎる。


 それまでにまた呪われかねないというのに。


「焦っても仕方がない。ジャスミンにお茶会などで話すよう頼んでおこう」


 顔の広い母に期待を寄せる父。ならば、と私も提案する。


「お父様、アイリス姉さまにも飲んでいただきましょう。隣国を知る姉さまなら、何か思いつくかもしれません」


 エマに茶葉を持たせてアイリス姉さまの部屋に赴くがいなかった。部屋でメイドからこう告げられる。


「アイリス様は、リックウッド伯爵令息とお話をしておられます」

「ああ、今日はアイリスお姉さまの順番なのね」


 アイリス姉さまは数日後に隣国へ向かう。その前にお互いの憂いを晴らせておきたいのだろう。私はそのまま自室に戻ろうとして、ふと思いついてしまった。


 二人に今から突然リナーリス茶を振舞って驚かせてみようか、と。


 エマにお茶の用意を頼み、一人でダスティンの部屋へ赴く。廊下に立つメイドがこちらに気づくと、私は唇に人差し指を当てて声を出さないように命じた。そっと呼び寄せて小声で言いつけた。


「お二人に特別なお茶を振舞いたいの。エマと一緒に支度してきて頂戴。部屋には侍女もいるし、ここは大丈夫よ。さあ、行って」


 下がったメイドの代わりに廊下で立つ。未婚の男女が同席する常として、部屋の扉が開いていた。その時、ダスティンの声が聞こえた。


「アイリス・ブロック嬢。私が今まであなたにした行いは、謝ってすむものではない」


 思わず、声が出ないように口を押えた。


「今更なのもわかっている。だが、謝らせてほしい。今まで本当にすまなかった」


 ため息が聞こえたがアイリス姉さまは答えなかった。長い沈黙の後、ダスティンの思いつめた声がした。


「あなたに許してもらおうとは思っていない。私の気持ちを軽くするための謝罪ではない。あなたに非はなかったと、謝りたいだけだ」


 それからどのくらい沈黙が続いただろう。


「お気持ちはわかりました。ダスティン様、頭をお上げになって」


 アイリス姉さまの、とても静かな声がした。


「ダスティン様。神官騎士様が言うには、学院の子息は家から離れた解放感でしがらみを疎ましく思うこともあり、今回はそこをうまく狙われたのだろうと。呪いが強まれば、相手を不当に貶めるのもよくあることだと聞きました。私たち二人は不幸な事故にあったのだと。それでも、私は」


 アイリス姉さまは一度大きく息を吐き、苦い声で続けた。


「起こってしまったことを、なかったことにはできません」

「……アイリス。私は、きみを」


 呻くようなダスティンの声は、半ばで途切れた。


 しばらく無言が続き、私は息を殺して立っていた。ここから離れた方がいいのはわかっている。いっそ扉から顔を覗かせて声をかければいい。でも、できなかった。二人は今、どんな顔で見つめあっているのか、確かめるのが怖かった。


 やがて、アイリス姉さまは落ち着いた声で話しだした。


「私のわがままは充分承知しております。謝罪はまだ受け取りたくありません。許すことも、今はまだ。でも、感謝しておりますの」


 アイリス姉さまはふっと微かな笑いを漏らした。


「あのデビュタントがあったから、私、隣国で頑張れましたのよ」


 デビュタント? アイリス姉さまが隣国留学の寸前に出たものだろうか。確か父が留学を許す条件の一つに、我が国でデビュタントをすませておくことがあった。後日すぐに最終試験があって大変だったはず。


 廊下の向こうから、エマとメイドがお茶の用意を終えて現れた。私はそっとその場を離れ、小声で二人に言い含める。


「エマ、そのお茶をお二人にお出しして。お父様と私が感想を聞きたがっていたと伝えて頂戴。それとあなた」


 私に見据えられたメイドは顔をこわばらせた。


「私は、今日、ここへは来なかった。エマも、いいわね?」


 頷く二人を確認した私は、


「夕食まで部屋で休むわ。呼びに来て頂戴」


そう言ってすぐに歩き去った。どうか平静を装えていますようにと願いながら。

お読みいただきありがとうございました。

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